・・・殊にYなんかというあゝ云った所謂道徳家から見ては、単に悪病患者視してるに堪えないんだね。機会さえあればそう云った目障りなものを除き去ろう撲滅しようとかゝってるんだからね。それで今度のことでは、Yは僕のこともひどく憤慨してるそうだよ。……小田・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そしてそれを機会にひとまず吉田も吉田の母も弟も、それまで外で家を持っていた吉田の兄の家の世話になることになり、その兄がそれまで住んでいた町から少し離れた田舎に、病人を住ますに都合のいい離れ家のあるいい家が見つかったのでそこへ引っ越したのがま・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・いろ工夫したあげく櫛二枚を買い求め懐にして来たのに、幸衛門から女房をもらえと先方は本気か知らねど自分には戯談よりもつまらぬ話を持ち出されてまず言いそこね、せっかくお常から案じ事のあるらしゅう言われたを機会に今ぞと思うより早くまたもくだらぬ方・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・この闘いに協同戦線を張って助け合うことが夫婦愛を現実に活かす大きな機会でなくてはならぬ。たのみ合うという夫婦愛の感じは主としてここから生まれる。この問題でたよりにならない相手では、たのみにならない味方ということになる。この闘いは今日の場合で・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・見ているようにしながら、なるべく目立たぬように、番頭に金を払う機会が来るのに注意している。丸文字屋の内儀は邪推深い、剛慾な女だ。番頭や小僧から買うよりも、内儀から買う方が高い、これは、村中に知れ渡っていることである。その内儀が火鉢の傍に坐り・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 憫むべし晩成先生、嚢中自有レ銭という身分ではないから、随分切詰めた懐でもって、物価の高くない地方、贅沢気味のない宿屋を渡りあるいて、また機会や因縁があれば、客を愛する豪家や心置ない山寺なぞをも手頼って、遂に福島県宮城県も出抜けて奥州の・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・工場では共産党に入っていた男の女房を一日も早く首にしたかったので、それがこの上もなくいゝ機会だった。――それでお君は首になってしまった。 お君は監獄の中にいる夫に、赤ん坊を見せてやるために、久し振りで面会に出掛けて行った。夫の顔は少し白・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・ 翌日になっても、私は太郎と二人ぎりでゆっくり話すような機会を見いださなかった。嫂の墓参に。そのお供に。入れかわり立ちかわり訪ねて来る村の人たちの応接に。午後に、また私は人を避けて、炉ばたつづきの六畳ばかりの部屋に太郎を見つけた。「・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・この大変災を機会として、すべての人が根本に態度をあらためなおし、勤勉質実に合理的な生活をする習慣をかため上げなければならないと思います。 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ ――うん。機会があれば、ね。」 次男は、ふっと口をつぐんだ。そうして、けッと自嘲した。二十四歳にしては、流石に着想が大人びている。「あたし、もう、結末が、わかっちゃった。」次女は、したり顔して、あとを引きとる。「それは、きっと・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫