・・・主眼に云うかよく分らない、二十分目ぐらいになってようやく筋道がついて、三十分目くらいにはようやく油がのって少しはちょっと面白くなり、四十分目にはまたぼんやりし出し、五十分目には退屈を催し、一時間目には欠伸が出る。とそう私の想像通り行くか行か・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・あの小さな狡猾さうな眼をした、梟のやうな哲学者ショーペンハウエルは、彼の暗い洞窟の中から人生を隙見して、無限の退屈な欠伸をしながら、厭がらせの皮肉ばかりを言ひ続けた。一方であの荒鷲のやうなニイチェは、もつと勇敢に正面から突撃して行き、彼の師・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ と彼は力なく欠伸をした。そして悲しく、投げ出すように呟いた。「そんな昔のことなんか、どうだって好いや!」 それからまた眠りに落ち、公園のベンチの上でそのまま永久に死んでしまった。丁度昔、彼が玄武門で戦争したり、夢の中で賭博をし・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・そして店々の飾窓には、いつもの流行おくれの商品が、埃っぽく欠伸をして並んでいるし、珈琲店の軒には、田舎らしく造花のアーチが飾られている。何もかも、すべて私が知っている通りの、いつもの退屈な町にすぎない。一瞬間の中に、すっかり印象が変ってしま・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 三ツばかり先の名代部屋で唾壺の音をさせたかと思うと、びッくりするような大きな欠伸をした。 途端に吉里が先に立ッて平田も後から出て来た。「お待遠さま。兄さん、済みません」と、吉里の声は存外沈着いていた。 平田は驚くほど蒼白た・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ なるほど遠くから見ると虔十は口の横わきを掻いているか或いは欠伸でもしているかのように見えましたが近くではもちろん笑っている息の音も聞えましたし唇がピクピク動いているのもわかりましたから子供らはやっぱりそれもばかにして笑いました。 ・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・ 野宿第二夜わが親愛な楢ノ木大学士は例の長い外套を着て夕陽をせ中に一杯浴びてすっかりくたびれたらしく度々空気に噛みつくような大きな欠伸をやりながら平らな熊出街道をすたすた歩いて行ったのだ。・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・と北へ行かないじゃいまいよ」「ふーん」 暫くまた二人の話をきいていたが、一太は行儀よくしていることに馴れないから、籠に入れられた犬のように節々がみしみしして来た。一太は「アアー」と欠伸をしながら延びをした。「何ですね一ちゃんは!・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ みんなは唸ったり、退屈だと無遠慮に欠伸したり、時には亢奮して涙をこぼしたりしながら、読んで呉れる作品をきき幾晩かかかってすっかりそれが終ると、「さアてネ」と、てんでに印象を述べだす。他人はいない。コンムーナの者ばっかりだ。何遠・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・(欠伸何と云う沈滞しきった有様だ。又この間のように面白いことでも起って呉れないかな。目が醒めるぜ。ミーダ 人間のアーリアン族を大喧嘩させたことか?ヴィンダー うむ。思っても溜飲が下る。目覚ましかったじゃあないか。俺達の仕事で彼処まで・・・ 宮本百合子 「対話」
出典:青空文庫