・・・なるほどそれは御もっともの次第だ。いやもう綱雄は見上げた男さ。お前のいう通り若くて上品で、それから何だッけな、うむその沈着いていて気性が高くて、まだ入用ならば学問が深くて腕が確かで男前がよくて品行が正しくて、ああ疲労れた、どこに一箇所落ちと・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・どを妻はまだろくろく見もせぬうちに、母上は老眼に眼鏡かけながら暇さえあれば片っ端より読まれ候てなるほどなるほどと感心いたされ候ことに候、右等の事情より自然未熟なる妻の不注意をはなはだ気にしたもうという次第しかるに妻はまた『母さまそれは「母の・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・しかし監督がよければ、演出次第で芝居としても成功しないはずはないと思うのだが、どういうものか。 ともかくもこの戯曲は純情がどれだけの作を産み得るかの指標といっていいだろう。それを取り去れば、この作はつまらないものだ。だから反言や、風刺や・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・そして、それを慰むべき手段は次第に潜行的に、意表に出てくるのだった。 線路には、爆破装置が施されているのではなかった。破壊されているのでもなかった。たゞ、パルチザンは、枕木の下へ油のついた火種を入れておくだけだった。ところが、枕木は炭焼・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・そこでその四五日は雁坂の山を望んでは、ああとてもあの山は越えられぬと肚の中で悲しみかえっていたが、一度その意を起したので日数の立つ中にはだんだんと人の談話や何かが耳に止まるため、次第次第に雁坂を越えるについての知識を拾い得た。そうするとまた・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・これは、大小の差こそあれ、その人びとの心がけ次第で、けっしてなしがたいことではないのである。 不幸、短命にして病死しても、正岡子規君や清沢満之君のごとく、餓しても伯夷や杜少陵のごとく、凍死しても深草少将のごとく、溺死しても佐久間艇長のご・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・看守が見付け次第それを消して廻わるのだが、次の日になると、又ちアんと書かれている。雨の降った次の日運動に出たとき、俺は泥をソッと手づかみにして、何ベンも機会を覗ったが、ウマク行かなかった。俺はどうもそういう事では、ボンくらかも知れない。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・かの収入ありしもことごとくこのあたりの溝へ放棄り経綸と申すが多寡が糸扁いずれ天下は綱渡りのことまるまる遊んだところが杖突いて百年と昼も夜ものアジをやり甘い辛いがだんだん分ればおのずから灰汁もぬけ恋は側次第と目端が利き、軽い間に締りが附けば男・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「実は――まだ朝飯も食べませんような次第で。」 と、その男は附加して言った。 この「朝飯も食べません」が自分の心を動かした。顔をあげて拝むような目付をしたその男の有様は、と見ると、体躯の割に頭の大きな、下顎の円く長い、何となく人・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・こういう次第で心内には一も確固不動の根柢が生じない。不平もある、反抗もある、冷笑もある、疑惑もある、絶望もある。それでなお思いきってこれを蹂躙する勇気はない。つまりぐずぐずとして一種の因襲力に引きずられて行く。これを考えると、自分らの実行生・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
出典:青空文庫