・・・上木はまた、すでに坊主共の欲心を防ごうと云うのなら、真鍮を用いるのに越した事はない。今更体面を、顧慮する如きは、姑息の見であると云う。――二人は、各々、自説を固守して、極力論駁を試みた。 すると、老功な山崎が、両説とも、至極道理がある。・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・が、私はやはり椅子によりかかったまま、悠然と葉巻の煙を吐いて、「いや、僕の魔術というやつは、一旦欲心を起したら、二度と使うことが出来ないのだ。だからこの金貨にしても、君たちが見てしまった上は、すぐにまた元の暖炉の中へ抛りこんでしまおうと・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・活動を恐れるのは向上心求欲心の欠乏に外ならぬ。おれはえらい者にならんでもよいと云うのが間違っている。えらい者になる気が少しもなくても、人間には向上心求欲心が必要なのだ。人生の幸福という点よりそれが必要なのだ。向上心の弱い人は、生命を何物より・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・しかるに文明の進むと同時に人の欲心はますます増進し、彼らは土地より取るに急にしてこれに酬ゆるに緩でありましたゆえに、地は時を追うてますます瘠せ衰え、ついに四十年前の憐むべき状態に立ちいたったのであります。しかし人間の強欲をもってするも地は永・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・しかし自分の心に曇りがあれば、相手に乗じられて、相手の擬装が見わけられないようになる。欲心とうぬぼれとは最もよくない。よほど綺麗な人でも、人は誰でも好意をもってくれるのが当り前のように思っているとひどい目にあうことがある。また相手の財産など・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 四、一生の間欲心なし。 五、我事に於て後悔せず。 六、善悪につき他を妬まず。 七、何の道にも別を悲まず。 八、自他ともに恨みかこつ心なし。 九、恋慕の思なし。 十、物事に数奇好みなし。十一、居宅に望なし。・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 浅間敷くサタン奴に魅入られた欲心に後押しされて他人のものをことわりなしに我家に持ちかえった事をとがめられて、厳な司法官の宣告書にふるえの止まらぬ体をそのままただ一坪の四方は皆叩いても音の出ぬ石のただ一つ小窓の開いた牢獄につながれた時の・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫