・・・の歴史がこういう歴史であったと仮定めてごらんなさい……この教会を建てた人はまことに貧乏人であった、この教会を建てた人は学問も別にない人であった、それだけれどもこの人は己のすべての浪費を節して、すべての欲情を去って、まるで己の力だけにたよって・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・「しかし、今の自分の眼の前でそんな窓が開いていたら、自分はあの男のような欲情を感じるよりも、むしろもののあわれと言った感情をそのなかに感じるのではなかろうか」 そして彼は崖下に見えるとその男の言ったそれらしい窓をしばらく捜したが、どこに・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ヒルデブラントの道徳的価値盲の説のように、人間の傲慢、懶惰、偏執、欲情、麻痺、自敬の欠乏等によって真の道徳的真理を見る目が覆われているからだ。倫理学はこの道徳盲を克服して、あらゆる人と時と処とにおいて不易なる道徳的真理そのもの、ジットリヒカ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ あぶないとは思うらしい。欲情を私の側に認めず、男が独りの私に対して持つ欲情というものを随分思うらしい。自分の淋しさもあるだろう。私が彼を一人で出してやるより、彼が私を一人で出す方をいやがる。 自分の子供というものについ・・・ 宮本百合子 「一九二三年冬」
・・・二人の自然な愛情はなくて、重吉が決して惑溺することのない女の寧ろ主我刻薄な甘えと、ひろ子がそれについて自卑ばかりを感じるような欲情があるというのだろうか。「あんまり平凡すぎる!」 ひろ子は、激しく泣きだしながら頭をふった。「わた・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・また安逸に執着する欲情を見よ。勉強するはいやである。勉強を強うる教師は学生の自負と悦楽を奪略するものである。寄席にあるべき時間に字書をさし付けらるるは「自己」を侮辱されたと認めてよい。かくして朝寝に耽り学校を牢獄と見る。「自己」を救うために・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫