・・・ 私の欠席日数はまたたく間に超過して、私は再び現級に止まることになった。私の髪も長かったが、高等学校生活も長かったわけである。私は後者の長さに飽き果てて、遂に学校に見切りをつけてしまった。事変がはじまる半年前のことであった。 ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 次つぎ止まるひまなしにつくつく法師が鳴いた。「文法の語尾の変化をやっているようだな」ふとそんなに思ってみて、聞いていると不思議に興が乗って来た。「チュクチュクチュク」と始めて「オーシ、チュクチュク」を繰り返す、そのうちにそれが「チュク・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・しかし速力が緩み、風の唸りが消え、なだらかに橇が止まる頃には、それが空耳だったという疑惑が立罩める。「どうだったい」 晴ばれとした少年の顔からは、彼女はいずれとも決めかねた。「もう一度」 少女は確かめたいばかりに、また汗を流・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ハッと思って細川は躊躇うたが、一言も発し得ない、止まることも出来ないでそのまま先生の居間に入った。何とも知れない一種の戦慄が身うちに漲ぎって、坐った時には彼の顔は真蒼になっていた。富岡老人は床に就いていてその枕許に薬罎が置いてある。「オ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 東の半面は亀井戸辺より小松川へかけ木下川から堀切を包んで千住近傍へ到って止まる。この範囲は異論があれば取除いてもよい。しかし一種の趣味があって武蔵野に相違ないことは前に申したとおりである―― 八 自分は以上の所・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・か自分が自分を弁護しなければならぬようになったのを感じたが、貧乏神に執念く取憑かれたあげくが死神にまで憑かれたと自ら思ったほどに浮世の苦酸を嘗めた男であったから、そういう感じが起ると同時にドッコイと踏止まることを知っているので、反撃的の言葉・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・そこでその四五日は雁坂の山を望んでは、ああとてもあの山は越えられぬと肚の中で悲しみかえっていたが、一度その意を起したので日数の立つ中にはだんだんと人の談話や何かが耳に止まるため、次第次第に雁坂を越えるについての知識を拾い得た。そうするとまた・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・絃の音が、断えては続き続いては消える時に、二人は立止まる。そして、じっと眼を見交わす。二人の眼には、露の玉が光っている。 二人はまた歩き出す。絃の音は、前よりも高くふるえて、やがて咽ぶように落ち入る。 ヴァイオリンの音の、起伏するの・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・夕方近くなると、どこからともなく次第に集まって来て、池の上を渡す電線に止まるのが十何羽と数えられることがある。ときどき汀の石の上や橋の上に降り立って尻尾を振動させている。不意に飛び立って水面をすれすれに飛びながら何かしら啄んでは空中に飛び上・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・――若し彼女がうけいれてくれるならば、竹びしゃく作りになって永久に田舎に止まるだろう。労働者トリオの最後の一人となって朽ちるだろう。――そしてその方が三吉の心を和ませさえした。満足した母親の顔と一緒に、彼女の影像がかぎりなくあたたかに映って・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫