・・・それが側で見ていても、余り歯痒い気がするので、時には私も横合いから、『それは何でも君のように、隅から隅まで自分の心もちを点検してかかると云う事になると、行住坐臥さえ容易には出来はしない。だからどうせ世の中は理想通りに行かないものだとあきらめ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・と最後の決心をするようになるのだが、そのときはもう何故か手も足も出なくなったような感じで、その傍に坐っている自分の母親がいかにも歯痒いのんきな存在に見え、「こことそこだのに何故これを相手にわからすことができないのだろう」と胸のなかの苦痛をそ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・それと同時に、父が自分と話をする時、危険な物の這入っている疑のある箱の蓋を、そっと開けて見ようとしては、その手を又引っ込めてしまうような態度に出るのを見て、歯痒いようにも思い、又気の毒だから、いたわって、手を出させずに置かなくてはならないよ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 婆あさんは歯痒いのを我慢するという風で、何か口の内でぶつぶつ云いながら、勝手へ下った。 七月十日は石田が小倉へ来てからの三度目の日曜日であった。石田は早く起きて、例の狭い間で手水を使った。これまでは日曜日にも用事があったが、今日は・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫