・・・そして大きな石の下なぞに息を殺して隠れて居る。すると婆さんが捜しに来る。そして大きな石をあげて見る、――いやはや悪魔共が居るわ/\、塊り合ってわな/\ぶる/\慄えている。それをまた婆さんが引掴んで行って、一層ひどくコキ使う。それでもどうして・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・人びとは一斉に息を殺してその微妙な音に絶え入っていた。ふとその完全な窒息に眼覚めたとき、愕然と私はしたのだ。「なんという不思議だろうこの石化は? 今なら、あの白い手がたとえあの上で殺人を演じても、誰一人叫び出そうとはしないだろう」 ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・「でも四つ目殺しぐらいはできるだろう。」「五目並べならできます。」「ハハヽヽヽヽ五目並べじゃしかたがない。」「叔母さんが碁をお打ちになることは、僕ちっとも知りませんでした。」「わたしですか、わたしはこれでずいぶん古いので・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・ 日本の文化的指導者は祖国への冷淡と、民族共同体への隠されたる反感とによって、次代の青年たちを、生かしも、殺しもせぬ生煮えの状態にいぶしつつあるのである。これは悲しむべき光景である。是非ともこれは文化的真理と、人類的公所を失わぬ、新しい・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・小説の中でなら、百人くらいの人間は殺して居るだろう。人を殺すことや、怪我をさすことはなか/\好きな男である。 一体、プロレタリア作家は、誰でも人を殺したり、手や足をもぎ取ることが好きである。彼も、その一人である。まるで、人を殺さなければ・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・信長に至っては自家集権を欲するに際して、納屋衆の崛強を悪み、之を殺して梟首し、以て人民を恐怖せしめざるを得無かったほどであった。いや、其様な後の事を説いて納屋衆の堺に於て如何様の者であったかを云うまでも無く、此物語の時の一昨年延徳三年の事で・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 仏国の革命の梟雄マラーを一刀に刺殺して、「予は万人を救わんが為に一人を殺せり」と法廷に揚言せる二十六歳の処女シャロット・ゴルデーは、処刑に臨みて書を其父に寄せ、明日(に此意を叫んで居る、曰く「死刑台は恥辱にあらず、、恥辱なるは罪悪のみ・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・と云って、又お前の母をにらみながら、「俺の息子に若しものことがあったら、お前さんの息子ばうらんで、うらんで、うらみ殺してやる!」――窪田や山崎のお母さんが中に立って、上田の母にわけを云い、理をつくして話してやったが、そんな事は耳にも入れない・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・王さまは、お若いときに、よその国を攻めほろぼして王をお殺しになりました。その王には一人の王女がありました。王さまは、それを自分の王妃にしようとなさいました。そうすると、王女はこっそりどこかへ遁げてしまって、それなり行く方がわからなくなりまし・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・息の根を止めて殺してやろう下心。」これは、有名の詩句なんだそうだが、誰の詩句やら、浅学の私には、わからぬ。どうせ不埒な、悪文学者の創った詩句にちがいない。ジイドがそれを引用している。ジイドも相当に悪業の深い男のようである。いつまで経っても、・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
出典:青空文庫