・・・はじめから理において勝つべき根拠を失っていて、三宅正太郎によってさえも悪法として警戒されていた治安維持法は、過去十数年間の日本から、知性を殺戮しつくしたのであった。そのあまりの無法さは、直接その刃の下におかれた人々の正気を狂わせたし、その光・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・けれども、第二次世界大戦において日本の軍事権力と上級軍人の或るものが演じた役割は、生命の破壊よりも遙かに悪逆な、生きながらその人々の人間性を殺戮することを敢てした。飛び立つ飛行機を見送ったときの兵士たちの敏感なこころの中では、音を立てて、何・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・ 戦争中の日本の文化殺戮の実状や、日本の文化人が歴史的に自主性を欠いていることについての反省は、日本の近代史の見直しと共に真摯な課題となって来ている。日本の作家のおくれている状態は市民精神に於ておくれたまま、文学は神聖な超俗的な仕事・・・ 宮本百合子 「作家への新風」
・・・を支配して居ります。日本のように絶対の親権もなく、彼女の魂まで自分の暴威に従わせようとする憎むべき良人の下で、光栄あるべき「女性」を殺戮されないでもすみます。 其故、こちらの婦人の生活を批評しようとしても、其処には殆ど無数の差別が必され・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・等を著し、好きな狩猟をも、楽しみのための殺戮に反対してやめてしまった。次から次へと生れて来る子供たちの世話をしたり、家政をとる傍ら、徹夜までしてレフ・トルストイの作品の浄書をして援けて来たソフィヤ夫人とトルストイの間は、トルストイが一度、一・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・大規模で最も科学的な殺戮であった。正しさのためにも婦人は自分と愛する者たちの運命とを、歴史の仮借ない歯車の間においたのであった。 ヨーロッパの婦人たちが、民主平和のヨーロッパ再建のための連合国憲章にもとづいて、婦人たちの大統一戦線をこし・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・人類の理性と意志とは、様々な架空の名目、美名で人民同士が互に殺戮しあうような偽瞞の誇りや愛国心にまどわされていてはならない。戦争で底の底までの被害をうけたのは、どこの国でも、人民男女とその子供たちであった。その損害から恢復するための援助とい・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・したがって、第一次大戦の前後も、このたびの第二次大戦のような大規模な殺戮と破壊の間でも、ヨーロッパの真面目な精神の人々の間には戦争の悲惨から人間性を守ろうとする熱心な行動がとられた。 一九一四年の時代にヨーロッパ各国の資本主義的な経済が・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・しかし、今や彼らは連戦連勝の栄光の頂点で、尽く彼らの過去に殺戮した血色のために気が狂っていた。 ナポレオンは河岸の丘の上からそれらの軍兵を眺めていた。騎兵と歩兵と砲兵と、服色燦爛たる数十万の狂人の大軍が林の中から、三色の雲となって層々と・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・自分は自分の内の愛を殺戮するために、忍びやかに苦痛を感じてはいなかったろうか。自分は自分の嘲笑や皮肉が人を傷つけ人を怒らせた時、常に「それは自分の欲した所ではなかった」という案外な感に打たれはしなかったか、自分の嘲笑や皮肉をそう深い意味に取・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫