・・・ 仰言りながら私の顔をつくづくと見まもりましたけれど、あんなにお美しい御めめもないものでございます。母屋の御祝言の騒ぎも、もうひっそり静かになっていたようでございましたし、なんでも真夜中ちかくでございましたでしょう。秋風がさらさらと雨戸・・・ 太宰治 「葉」
・・・ (と母屋野中の妻、節子、登場。しかし、襖の外にしゃがんでいる形なので観客からは見えぬ。(その襖の外の節子に平目たったいま、浜からあがった平目だ。刺身にしてくれ。奥田先生と今夜は、ここで宴会だ。いいかい、刺身をすぐに・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・御家族の方たちは、みんな母屋のほうにいらっしゃって、私たちのために時たま、番茶や、かぼちゃの煮たのなどを持ち運んで来られる他は、めったに顔をお出しなさらぬ。 黄村先生は、その日、庭に面した六畳間にふんどし一つのお姿で寝ころび、本を読んで・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・そして一座を見渡したのち、広い母屋を廻って、二人を三段の階の所まで引き出し、凍った土の上に衝き落す。二人の子供は創の痛みと心の恐れとに気を失いそうになるのを、ようよう堪え忍んで、どこをどう歩いたともなく、三の木戸の小家に帰る。臥所の上に倒れ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ お花はそのまま気絶したのを、お松は棄てて置いて、廊下をばたばたと母屋の方へ駈け出した。 * * * 川桝の内では一人も残らず起きて、廊下の隅々の電灯まで附けて、主人と隠居とが大勢のものの騒ぐの・・・ 森鴎外 「心中」
・・・次は母屋の中庭に向いた二階である。表通に向いた二階の小部屋は、細かい格子の窓があって、そこには客を泊らせない。F君は一番安い所で好いと云って、そこに落ち著いた。「F君、いるかね」と云って声を掛けると、君は内から障子を開けた。なる程フラン・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・ 秋三はそのまま黙って柴を担ごうとすると、「お前とこ、俺とこの母屋やないか、頼むで置かしてくれよ。」と安次は云った。「俺とこが母屋や?」「そうとも、誰なと聞いてみい。」「縁起たれの悪いこと云うてくれるな。手前とこは谷川っ・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫