・・・そして、夏には、青々と実りました。毎年このころになると、悪い虫がつくのでありましたから、今年は、どうか満足に実を結ばせたいと思いました。 すると、その年の夏の日暮れ方のことであります。どこからとなく、たくさんのこうもりが飛んできて、毎晩・・・ 小川未明 「牛女」
・・・ 私は希望通り現級に止まったが、私より一足さきに卒業した友人がノートを残して行ってくれたので、私は毎年同じ講義のノートをもう一つ作るために教室へ出掛けることは時間の空費だと思った。この考えは極めて合理的な考えであったが、同時にこれ以上不・・・ 織田作之助 「髪」
・・・歳月がたつと、一代の想出も次第に薄れて行ったが、しかし折れた針の先のように嫉妬の想いだけは不思議に寺田の胸をチクチクと刺し、毎年春と秋競馬のシーズンが来ると、傷口がうずくようだった。競馬をする人間がすべて一代に関係があったように思われて、こ・・・ 織田作之助 「競馬」
一 この頃の陰鬱な天候に弱らされていて手紙を書く気にもなれませんでした。以前京都にいた頃は毎年のようにこの季節に肋膜を悪くしたのですが、此方へ来てからはそんなことはなくなりました。一つは酒類を飲まなくなったせいかも知れません。然・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 毎年十月十八日の彼の命日には、私の住居にほど近き池上本門寺の御会式に、数十万の日蓮の信徒たちが万燈をかかげ、太鼓を打って方々から集まってくるのである。 スピリットに憑かれたように、幾千の万燈は軒端を高々と大群衆に揺られて、後か・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ この島は周囲三十里余の島だが、そこに四国八十八カ所になぞらえた島四国八十八カ所の霊場がある。山の洞窟や、部落のなかや、原に八十八の寺や、庵があるのである。 毎年二月半ばから四月五月にかけて但馬、美作、備前、讃岐あたりから多くの遍路・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・ 税関吏と、国境警戒兵は、そのころになると、毎年、一番骨が折れた。一番油断がならなかった。黒河からやってくる者たちは、何物も持たず、何物をも求めず、ただプロレタリアートの国の集団農場や、突撃隊の活動や、青年労働者のデモを見たいがためにや・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・家じゅうで、いちばん高い、あの子の頭はもう一寸四分ぐらいで鴨居にまで届きそうに見える。毎年の暮れに、郷里のほうから年取りに上京して、その時だけ私たちと一緒になる太郎よりも、次郎のほうが背はずっと高くなった。 茶の間の柱のそばは狭い廊下づ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・悪い時に私はやって来たのだ。毎年、ちょうどその頃、湯村には、厄除地蔵のお祭りがあるのだ。たいへん御利益のある地蔵様だそうで、信濃、身延のほうからも参詣人が昼も夜もひっきりなしにぞろぞろやって来るのだ。見せ物は、その参詣人にドンジャンドンジャ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・たとえば池の北側に、大きなまっ黒く茂った枝を水面近くまでのばしている、あの木などもこの池の景色をスペシファイする一つのだいじな要素になっているのだが、あれなどの助かったのはしあわせである。毎年この木の下で、ディップサークルをすえては、観測の・・・ 寺田寅彦 「池」
出典:青空文庫