・・・太十も疱瘡に罹るまでは毎日懐へ入れた枳の実を噛んで居た。其頃はすべての病が殆ど皆自然療法であった。枳の実で閉塞した鼻孔を穿ったということは其当時では思いつきの軽便な方法であった。果物のうちで不恰好なものといったら凡そ其骨のような枳の如きもの・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ チェイン・ローは河岸端の往来を南に折れる小路でカーライルの家はその右側の中頃に在る。番地は二十四番地だ。 毎日のように川を隔てて霧の中にチェルシーを眺めた余はある朝ついに橋を渡ってその有名なる庵りを叩いた。 庵りというと物寂び・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・私は医師の指定してくれた注意によって、毎日家から四、五十町の附近を散歩していた。その日もやはり何時も通りに、ふだんの散歩区域を歩いていた。私の通る道筋は、いつも同じように決まっていた。だがその日に限って、ふと知らない横丁を通り抜けた。そして・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 何十年も、殆んど毎日のように、導火線に火を移す彼等であっても、その合図を待つ時には緊張しない訳には行かなかった。「恐ろしいもんだ。俺なんざあ、三十年も銅や岩ばっかり噛って来たが、それでも歯が一本も欠けねえ」「岩は、俺たちの米の・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・これからいつも見せられてばかりいるのか。なぜ平田さんがあんなことになッたんだろう。も一度平田さんが来てくれるようには出来ないのか。これから毎日毎日いやな思いばかりするのかと思いながら、善吉が自分の前に酒を飲んでいる、その一挙一動がことごとく・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・その後不折君と共に『小日本』に居るようになって毎日位顔を合すので、顔を合すと例の画論を始めて居た。この時も僕は日本画崇拝であったからいう事が皆衝突する。僕が富士山は善い山だろうというと、不折君は俗な山だという。松の木は善い木であろうというと・・・ 正岡子規 「画」
・・・風が毎日そういったわ。」「いやだわね。」「そしてあたしたちもみんなばらばらにわかれてしまうんでしょう。」「ええ、そうよ。もうあたしなんにもいらないわ。」「あたしもよ。今までいろいろわがままばっかしいってゆるしてくださいね。」・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・配給と買出しにしばられて、会合に出席する時間さえもてないでいる主婦たちの毎日が、どんなに凌ぐに張合あるものとなって来るだろう。大小の軍需成金たちは、戦時利得税や、財産税をのがれるために濫費、買い漁りをしているから、インフレーションは決して緩・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ 隣家の柄本又七郎は数馬の手のものが門をあける物音を聞いて、前夜結び縄を切っておいた竹垣を踏み破って、駈け込んだ。毎日のように往き来して、隅々まで案内を知っている家である。手槍を構えて台所の口から、つとはいった。座敷の戸を締め切って、籠・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そしたら私ゃお粥位毎日運んでやるし、姉やんとこ抛っときゃええわ。」「そうしようか、藁三十束で足るかお前?」「足るとも。三畳敷位の小っちゃいのでけっこうやさ。それで安次も一生落ちつけるのや、有難いもんやないか。」「あんな奴、抛っと・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫