・・・君なんぞは気をつけないと、すぐにメリメの毒舌でこき下される仲間らしいな。』三浦『いや、それよりもこんな話がある。いつか使に来た何如璋と云う支那人は、横浜の宿屋へ泊って日本人の夜着を見た時に、「是古の寝衣なるもの、此邦に夏周の遺制あるなり。」・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・よくよく問い質して見ると、疑わしい事ばかりでしたから、癇癖の強い日錚和尚は、ほとんど腕力を振わないばかりに、さんざん毒舌を加えた揚句、即座に追い払ってしまいました。「すると明治二十七年の冬、世間は日清戦争の噂に湧き返っている時でしたが、・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・私は日本文壇のために一人悲憤したり、一人憂うという顔をしたり、文壇を指導したり、文壇に発言力を持つことを誇ったり、毒舌をきかせて痛快がったり、他人の棚下しでめしを食ったり、することは好まぬし、関西に一人ぽっちで住んで文壇とはなれている方が心・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「お継母さんはあのとおり真向な、念々刻々の働き者だからいい人だと思うけれど、何しろあの毒舌には敵わん。あれだけは廃してくれるといいと思うがなあ。老父までもかぶれてすっかり変な人間になっちゃったよ。俺も継母が来てから十何年にもなるけれど、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・彼より享くる所の静と、美と、高の感化は、世の毒舌、妄断、嘲罵、軽蔑をしてわれらを犯さしめず、われらの楽しき信仰を擾るなからしむるを知ればなり。 かるが故に、月光をして汝の逍遙を照らしめよ、霧深き山谷の風をしてほしいままに汝を吹かしめよ。・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・このコオトに敵を迎えて戦うならば、私は、ディドロ、サント・ブウヴほどの毒舌の大家にも、それほど醜い惨敗はしないだろうとも思われるけれど、私には学問が無いから、やっぱり負けるかも知れない。私には、あの人たちほどフランス語が話せない。そこに、そ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・深い傷になったくらいに強いものだったらしく、それ以来妻帯もせず、酒ばかり飲んで、女をてんで信用せず、もっぱら女を嘲笑するような小説ばかり書いて、それでも、読書界の一部では、笠井氏のそんな十年一日の如き毒舌をひどく痛快がっていますので、笠井氏・・・ 太宰治 「女類」
・・・若い頃には、かなりの毒舌家だったらしいが、いまは、まるで無口である。家族の者とも、日常ほとんど話をしない。用事のある時だけ、低い声で、静かに言う。むだ口は、言うのも聞くのも、きらいなようである。煙草は吸うが、酒は飲まない。アトリエと旅行。仙・・・ 太宰治 「花火」
・・・この次男は、兄妹中で最も冷静な現実主義者で、したがって、かなり辛辣な毒舌家でもあるのだが、どういうものか、母に対してだけは、蔓草のように従順である。ちっとも意気があがらない。いつも病気をして、母にお手数をかけているという意識が胸の奥に、しみ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・なぞと当意即妙の毒舌を振って人々を笑わせるかと思うと罪のない子供が知らず知らずに前の方へ押出て来るのを、また何とかいって叱りつけ自分も可笑そうに笑っては例の啖唾を吐くのであった。 縁日の事からもう一人私の記憶に浮び出るものは、富坂下の菎・・・ 永井荷風 「伝通院」
出典:青空文庫