・・・ 十二「百姓家の納戸の薄暗い中に、毛筋の乱れました頸脚なんざ、雪のようで、それがあの、客だと見て真蒼な顔でこっちを向きましたのを、今でも私は忘れません。可哀そうにそれから二年目にとうとう亡なりましたが、これは府中・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ さてその鸚鵡を空に翳した。 紫玉のみはった瞳には、確に天際の僻辺に、美女の掌に似た、白山は、白く清く映ったのである。 毛筋ほどの雲も見えぬ。 雨乞の雨は、いずれも後刻の事にして、そのまま壇を降ったらば無事だったろう。ところ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・それでいて毛筋をつたわって、落ちる雫が下へ溜って、血だったそうです。」「寒くなった。……出ようじゃないか。――ああ西日が当ると思ったら、向うの蕃椒か。慌てている。が雨は霽った。」 提灯なしに――二人は、歩行き出した。お町の顔の利くこ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・しかし、そのうちにふと顔を上げて見ますと、自分の頭の真上には、鋭く尖った大きな刀が、一本の馬の尾の毛筋で真っ逆さに釣り下げられていたので、びっくりして青くなりました。これはディオニシアスが、おれの境遇は丁度この通りだということを見せてやろう・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・蝋燭を二梃も立てて一筋の毛も等閑にしないように、鬢に毛筋を入れているのを、道太はしばしば見かけた。それと反対で毛並みのいいお絹の髪は二十時代と少しも変わらなかった。ことにも生えぎわが綺麗で、曇のない黒目がちの目が、春の宵の星のように和らかに・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・お妾は抜衣紋にした襟頸ばかり驚くほど真白に塗りたて、浅黒い顔をば拭き込んだ煤竹のようにひからせ、銀杏返しの両鬢へ毛筋棒を挿込んだままで、直ぐと長火鉢の向うに据えた朱の溜塗の鏡台の前に坐った。カチリと電燈を捻じる響と共に、黄い光が唐紙の隙間に・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫