・・・少々くらい毛脛でも人間の脚ならば我慢しますから。」 年とった支那人は気の毒そうに半三郎を見下しながら、何度も点頭を繰り返した。「それはあるならばつけて上げます。しかし人間の脚はないのですから。――まあ、災難とお諦めなさい。しかし馬の・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・と立ったり、居たり、歩行いたり、果は胡坐かいて能代の膳の低いのを、毛脛へ引挟むがごとくにして、紫蘇の実に糖蝦の塩辛、畳み鰯を小皿にならべて菜ッ葉の漬物堆く、白々と立つ粥の湯気の中に、真赤な顔をして、熱いのを、大きな五郎八茶碗でさらさらと掻食・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・継はぎの股引膝までして、毛脛細く瘠せたれども、健かに。谷を攀じ、峰にのぼり、森の中をくぐりなどして、杖をもつかで、見めぐるにぞ、盗人の来て林に潜むことなく、わが庵も安らかに、摩耶も頼母しく思うにこそ、われも懐ししと思いたり。「食べやしな・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 手の裏かえす無情さは、足も手もぐたりとした、烈日に裂けかかる氷のような練絹の、紫玉のふくよかな胸を、酒焼の胸に引掴み、毛脛に挟んで、「立たねえかい。」 十三「口惜しい!」 紫玉は舷に縋って身を震わす・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ と学士に言われて、子安は随分苦学もして来たらしい締った毛脛を撫でた。「どうです、我輩の指は」 とその時、学士は左の手をひろげて、半分しかない薬指を出して見せた。「ホウ」と子安は眼を円くした。「一寸気が着かないでしょう。・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ところが女は、かえってその不自然な女装の姿に憧れて、その毛臑の女性の真似をしている。滑稽の極である。もともと女であるのに、その姿態と声を捨て、わざわざ男の粗暴の動作を学び、その太い音声、文章を「勉強」いたし、さてそれから、男の「女音」の真似・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・膝が、やっと隠れるくらいで、毛臑が無残に露出している。ゴルフパンツのようである。私は流石に苦笑した。「よせよ。」佐伯は、早速嘲笑した。「なってないじゃないか。」「そうですね。」熊本君も、腕をうしろに組んで、私の姿をつくづく見上げ、見・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・言い合いをはじめた様子で、お茶道具をしたから持って来て部屋へはいったら、馬場は部屋の隅の机に頬杖ついて居汚く坐り、また太宰という男は馬場と対角線をなして向きあったもう一方の隅の壁に背をもたせ細長い両の毛臑を前へ投げだして坐り、ふたりながら眠・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ドストエフスキイなど、毛臑まるだしの女装で、大真面目である。ストリンドベリイなども、ときどき熱演のあまり鬘を落して、それでも平気で大童である。 女が描けていない、ということは、何も、その作品の決定的な不名誉ではない。女を描けないのではな・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・(そは作者の知る処に非とにかく珍々先生は食事の膳につく前には必ず衣紋を正し角帯のゆるみを締直し、縁側に出て手を清めてから、折々窮屈そうに膝を崩す事はあっても、決して胡坐をかいたり毛脛を出したりする事はない。食事の時、仏蘭西人が極って Ser・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫