・・・ いきなり格子を開けると玄関になるのを妙に思い、当惑したような微笑を漂せ乍ら、本棚の並んだ八畳を見た。 Aは、重い棚を動かし乍ら「どう? 気に入りますか?」と訊いた。彼の姿を見、自分は、種々なこだわりを忘れて「結構じゃあない・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・一九三五年四月十八日、父の第六十八回目の誕生日に、私が父を気に入りの浜作に招き、その席で「葭の影」という題名を父が思いついた。「葭の影」のこの日の条には、こう記されている。「七月廿七日、晴。涼し。前略。交際馴れた近藤氏はロシア語も自由である・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・身動きできないようになって、歩いて来る乳牛の大きさとこわさと畏敬とをごたまぜに感じるのだったが、多分牧場のそこの側は、日かげか何かで余り牛どもの気に入りの場所でなかったのだろう、決して竹垣の下まで近く牛のよって来たことはなかった。 田端・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 私や父は、いつも、家中の者に、何か一つずつ、気に入りそうな贈物を買い調えた。自分は早くから、父はその晩、皆の歓声をあげさせるような何物かを持って居るのだ。 御きまりの、然し愉快な晩餐。それがすむと、私が「さあ、皆、眼をつぶって・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・正直なところ、気に入りましたね。早速行動を始めて下さい」という激励であった。早速瀬ぶみの飛行が行われ、帰って来たヴォドピヤーノフの報告をきくシュミット博士は、次のように質問した。「ミハイル・シーリッチ『操縦士の空想』の中にある高緯度地帯・・・ 宮本百合子 「文学のひろがり」
・・・ ゴーリキイには益々この男が気に入り、彼の話しぶりは、輝やかしい祖母さんの物語を連想させる程である。しかし、どうしてもこの男には気に入らぬところがあった。それは人々に対する深刻な冷淡さ、これが断然ゴーリキイの性分に合わぬ。しかし、ヤコヴ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫