・・・別段、気まずい事も無く、母との対面がゆるされるのだ。なあんだ。少し心配しすぎた。 廊下を渡りながら嫂が、「二、三日前から、お待ちになって、本当に、お待ちになって。」と私たちに言って聞かせた。 母は離れの十畳間に寝ていた。大きいベ・・・ 太宰治 「故郷」
・・・たとい親身の兄弟でも、同じ屋根の下に住んで居れば、気まずい事も起るものだ、と二人とも口に出しては言わないが、そんなお互の遠慮が無言の裡に首肯せられて、私たちは同じ町内ではあったが、三町だけ離れて住む事にしたのである。それから三箇月経って、こ・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ けれども、気まずいものだった。それっきり言葉もなく、四人は、あてもなくそろそろと歩きはじめた。沼のほとりに来た。数日前の雨のために、沼の水量は増していた。水面はコールタールみたいに黒く光って、波一つ立たずひっそりと静まりかえっている。・・・ 太宰治 「花火」
・・・柱時計が三時を打つ。気まずい雰囲気。突然、数枝が低い異様な笑声を発する。伝兵衛、顔を挙げて数枝を見る。数枝、何も言わず、笑いをやめて、てれかくしみたいに、ストーヴの傍の木箱から薪を取り出し、二、三本ストーヴにくべる。・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ さっきね、 あの女と一寸気まずい事があったんですよ。 それで少しくさくさしてたんだから、 さあ、お上んなさいってばね。 上らないの? よっぽど立姿でもいいって云われたと見える。 千世子は京子を引っぱる様にし・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 美くしくもなく勝れた頭を持って居ると云うでもない京子と気まずい思い一つしずにこの久しい間の交際が保たれて居るのは不思議だと云っても好い事だった。 千世子とは正反対にただ音無しい京子の性質と何でもをうけ入れやすい加型(性のたっぷりあ・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・ 永い間例え折々は気まずい思いをしあっても、自分の友達の一人として居たまだ若い人が廻復の望がないと云われた病にかかって居るときいてからはいつもいつもその事ばかりが思われてならない。 額の広い、健な時はきれいだとは云われなかったそ・・・ 宮本百合子 「ひととき」
・・・何か夫婦の間の感情が気まずい或る日、妻である婦人作家が二階の机の前で小説が進まず苦心していると、良人である男の作家がのしのし上って来て、傍から、何だ! そんなことじゃ先が見えてる。僕なんか三十枚ぐらいのものなら一晩で書くぞという意味の厭がら・・・ 宮本百合子 「夫婦が作家である場合」
出典:青空文庫