・・・いま見ると、背もすらりとして気品もあるし、まるで違う人のようであった。「光ちゃんですよ。」叔母も笑いながら、「なかなか、べっぴんになったでしょう。」「べっぴんになりました。」私は真面目に答えた。「色が白くなった。」 みんな笑った・・・ 太宰治 「故郷」
・・・お上品ぶっていながら、気品がない。そのほか、たくさんのことが書かれている。本当に、読んでいて、はっとすることが多い。決して否定できない。 けれどもここに書かれてある言葉全部が、なんだか、楽観的な、この人たちの普段の気持とは離れて、ただ書・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・芸術家の気品を感ぜずに、人間の胃腑を感ずる」「わかっています。けれども、僕は生きて行かなくちゃいけないのです。たのみます、といって頭をさげる、それが芸術家の作品のような気さえしているのだ。僕はいま世渡りということについて考えている。僕は・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・からだつきも、すらりとして気品があった。薄化粧している事もある。酒はいくらでも飲むが、女には無関心なふうを装っていた。どんな生活をしているのか、住所は絶えず変って、一定していないようであった。この男が、どういうわけか、勝治を傍にひきつけて離・・・ 太宰治 「花火」
・・・せっかく腕は立派でも、衣食に追われて画くようでは、よい絵は出来ず、第一絵に気品がなくなる。何でもいいが、外にも少し立派に衣食の得らるるような事を修めて、傍ら自分の慰み半分絵をかく事にしたらどうか。衣食足った人の道楽に画いたものは下手でも自然・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・一団、一団となって青い房のように、麦の芽は、野づらをわたる寒風のなかに、溌溂と春さきの気品を見せていた。「こらァ、豪気だぞい」 善ニョムさんは、充分に肥料のきいた麦の芽を見て満足だった。腰から煙草入れをとり出すと一服点けて吸いこんだ・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・凡そ男女交際の清濁は其気品の如何に関することにして、例えば支那主義の眼を以て見れば、西洋諸国の貴女紳士が共に談じ共に笑い、同所に浴こそせざれ同席同食、物を授受するに手より手にするのみか、其手を握るを以て礼とするが如き、男女別なし、無礼の野民・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・蓋し男女交際法の尚お未熟なる時代には、両性の間、単に肉交あるを知て情交あるを知らず、例えば今の浮世男子が芸妓などを弄ぶが如き、自から男女の交際とは言いながら、其調子の極めて卑陋にして醜猥無礼なるは、気品高き情交の区域を去ること遠し。仮令い直・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・人間らしい気品の保てる経済条件がなければならない。 本当に深く人生を考えて見れば、今の社会に着物一つを問題にしてもやはり決して不可能ではない未来の一つの絵図として本当に糸を紡いで織ったり染めたりしている紡績の労働組合が強くなって勤労者全・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・キュリー夫人が科学の客観的な真理との関係で、自分の箇人的な勉強などを伝説化すまいとした潔癖は気品ある態度であり、科学に献身した者らしい無私を語っている。けれども、人間の歴史の嶮しい波の中での女の生きる姿という広さにおいてみれば、彼女が少女時・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
出典:青空文庫