・・・西郷の銅像の後ろから黒門の前へぬけて動物園の方へ曲ると外国の水兵が人力と何か八釜しく云って直ぶみをしていたが話が纏まらなかったと見えて間もなく商品陳列所の方へ行ってしまった。マニラの帰休兵とかで茶色の制服に中折帽を冠ったのがここばかりでない・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・ たちまち杜はしずかになって、ただおびえて脚をふみはずした若い水兵が、びっくりして眼をさまして、があと一発、ねぼけ声の大砲を撃つだけでした。 ところが烏の大尉は、眼が冴えて眠れませんでした。「おれはあした戦死するのだ。」大尉は呟・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・そこでは、桜の葉が散っている門内の小砂利の上でお附の女中を対手に水兵服の児が三輪車を乗り廻していた。 一太は早く大きくなって、玉子も独りで売りに出たいと思った。母親が待っていると、一太は行った先で遊んでいることも出来なかったし、道草も食・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・プロボイは日露戦争にバルチック艦隊の水兵として召集され、捕虜となって熊本にいたことがある。そして、バルチック海軍兵士の革命的組織に関係し、のち亡命して長くイギリスで海員生活をした。彼は殆どこれまで唯一のソヴェト海洋作家である。婦人の作家――・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ いつの間にか跫音を忍ばせて、岨にテロルを加えた赤ら顔の水兵上りの看守が金網に胸をおっつけてこっちを覗いている。「…………」「駄目だゾ」「…………」 この看守だけは、どんな時でも私に歌をうたわせなかった。迚も聴えまいと思・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ここも人気すくなく、程経って二十人ばかりのソヴェト水兵が足並そろえてやって来て、同じ歩調で夾竹桃の花のむこうを通りすぎた。 どの小道へ曲っても、乾いた太陽と風とがある。 粘土と平ったい石片とで築かれたアラビア人の城砦の廃墟というのへ・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・すぎ ◎山崎の鈍く光る大硝子飾窓 ◎夕刊の鈴の音、 ◎古本ややさらさの布売の間にぼんやり香水の小さい商品をならべて居る大きな赧髭のロシア人 ◎気がついて見ると、大きな人だかりの中から、水兵帽をかぶり、ブロンドのおかっぱを清ら・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・反乱が起って坊主は勇敢な水兵に追いこくられ、艦橋からころげおちるところがある。エイゼンシュテインのことだから、ほんとに、老いぼけてひょろひょろな坊主見つけて来たんだって。いざ、高いところからころがる段になって、骨があぶないってわけさ。本物で・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・紺サージの水兵帽からこぼれたおかっぱが、優美に、白く滑らかな頬にかかっている。男の子のようにさっぱりした服の体を二つに折り、膝に肱をついた両手で顔をかくしている。彼女は、正直な乱暴さで、ぐいと、左手の甲で眼を拭いた。二人の大人が云うことに耳・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ 両日の間に叔母上の死体を、小島さんのところに来た水兵の手で埋り出し、川島、棺作りを手伝って、やっと棺におさめ、寺に仮埋葬す。その頃、東京から小南着。 五日頃から、倒れなかった田舎の百姓家に避難し、親切にされる。幸、熱も始め一二日で・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
出典:青空文庫