・・・「水掛け論だ。」佐伯は断定を下した。「くだらない。そんな言い古された事を、僕たちは考えているんじゃないよ。しっかりした人間とは、どんなものだか、それを見せてもらいたいんだ。」「そうですね。」熊本君は、ほっとした顔をして、佐伯の言を支・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・公平な第三者をかりなければ御互いの水掛論ではとても始末が着かないと思ったのである。車掌は「エエ、参りますよ、参りますとも、いくらでも参りますよ」とそう云って私について来た。 警官は私等二人の簡単な陳述を聞いているうちに、交番に電話がかか・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そういう新型式を俳句とか短歌とかいう名前で呼んでよいか悪いかというような問題もあるが、それは元来議論にならない問題であって、議論をしても切りのない水掛け論に終わるほかはない。それと同様に、そういう形式の詩を作ってはいけないとか作ってもいいと・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・いわゆる水掛論なり。然りといえども、智愚相対してその間に不和あれば、智者まず他を容れてこれを処置せざるべからず。 ゆえに真の愚民に対しては、政府まずその愚を容れてこの水掛論の処置に任せざるべからずといえども、本編の主として論ずる学者にい・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・理性と心情とは互に正当性を主張して「水掛論になる。正当な断案は下さない」と云って、そのまま次に進んでいるのである。バックには、この作品ではまだ語らずにいる「断案」を次の作のために用意しているのかもしれない。次の作品の主題として「闘える天使」・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・公平に見れば水掛け論に過ぎぬ。社会主義が奮然として赤旗を翻す時、帝国主義は冷然として進水式をやっている。電車のただ乗りを発明する人と半農主義者とは同じ米を食っている。身のとろけるような艶な境地にすべての肉の欲を充たす人がうらやまれている時、・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫