・・・あの低い松の枝の地紙形に翳蔽える葉の裏に、葦簀を掛けて、掘抜に繞らした中を、美しい清水は、松影に揺れ動いて、日盛にも白銀の月影をこぼして溢るるのを、広い水槽でうけて、その中に、真桑瓜、西瓜、桃、李の実を冷して売る。…… 名代である。・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ と先生は流し場の水槽のところへ出て、斑白な髪を濡らしながら話した。 東京から来たばかりの高瀬には、見るもの、聞くもの、新しい印象を受けるという風であった。 二人は浴場を離れて復た崖の道を上った。その中途にある小屋へ声を掛けに寄・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・水禽の大鉄傘を過ぎて、おっとせいの水槽のまえを通り、小山のように巨大なひぐまの、檻のまえにさしかかったころ、佐竹は語りはじめた。まえにも何回となく言って言い馴れているような諳誦口調であって、文章にすればいくらか熱のある言葉のようにもみえるが・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・景色や風致がどうであるというのではなくて、何かしら学術上の研究資料の供給所として、あるいは一つの実験用水槽として保存してほしいのである。 ついでながら、あの池の成り立ちについても問題がある。ある人の話では、元来あすこに泉があったのを、前・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・ 三 熱帯魚 百貨店の花卉部に熱帯魚を養ったガラス張りの水槽が並んでいる。暑いある日のことである。どう見ても金持ちらしい五十格好のあぶらぎった顔をした一人の顧客が、若い店員を相手にして何か話している。水槽につけた紙札・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ たとえば長方形の水槽の底を一様に熱するといわゆる熱対流を生ずる。その際器内の水の運動を水中に浮遊するアルミニウム粉によって観察して見ると、底面から熱せられた水は決して一様には直上しないで、まず底面に沿うて器底の中央に集中され、そこから・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・ ラスボラ・ヘテロモルファという魚は、時には活発に運動しているが、また時によると二三十尾の群れが水槽の一部に集まったままじっとして動かないでいることがある。それが、どうもだいたい同じ方向を向いて静止していることが多いような気がする。もし・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・ 八月の日は光り漣は陽気な忍び笑いに肩を揺ぶる――青天鵞絨の山並に丸く包まれた湖は、彼等の水槽。 チラチラと眩ゆい点描きの風景、魚族のように真黒々な肌一杯に夏を吸いながら、ドブンと飛び込む黒坊――躍る水煙、巨大な黒坊、笑う黒坊、蛙の・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・ひろ子は父にことわり、その許しが出ないと、半地下室で青写真が水槽に浮いている素晴らしいみものさえ、勝手に見にはゆかなかった。 日本ではじめての日の目を見るようになった赤旗編輯局のきたない壁も、古くさくてごたついた間どりも、埃くささも、ひ・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫