・・・ 声は水牛の吼えるように薄暗い野原中に響き渡った。同時にまた一痕の残月も見る見る丘のかげに沈んでしまった。……… これは朝鮮に伝えられる小西行長の最期である。行長は勿論征韓の役の陣中には命を落さなかった。しかし歴史を粉飾するのは必ず・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・と娘が、つい傍に、蓮池に向いて、という膝ぎりの帷子で、眼鏡の下に内職らしい網をすいている半白の父を呼ぶと、急いで眼鏡を外して、コツンと水牛の柄を畳んで、台に乗せて、それから向直って、丁寧に辞儀をして、「ええ、浦安様は、浦安かれとの、その・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・な、肩の肥った、きかぬ気らしい上さんの、黒天鵝絨の襟巻したのが、同じ色の腕までの手袋を嵌めた手に、細い銀煙管を持ちながら、店が違いやす、と澄まして講談本を、ト円心に翳していて、行交う人の風采を、時々、水牛縁の眼鏡の上からじろりと視めるのが、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ところが、水牛となるとだいぶ人間とは流儀が違う。頭を低くたれて、あの大きな二本の角を振り舞わすところは、ちょっと薙刀でも使っているような趣がある。鋒先の後方へ向いた角では、ちょっと見るとぐあいが悪そうであるが、敵が自分の首筋をねらって来る場・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・途中の沼地に草が茂って水牛が遊んでいたり、川べりにボートを造っている小屋があったり、みんなおもしろい画題になるのであった。土人の女がハイカラな洋装をしてカトリックの教会からゾロゾロ出て来るのに会った。 寺へ着くと子供が蓮の花を持って来て・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫