・・・するとそのほの明い水の底に、黒金の鎖を巻いたような何とも知れない怪しい物が、じっと蟠って居りましたが、たちまち人音に驚いたのか、ずるりとそのとぐろをほどきますと、見る見る池の面に水脈が立って、怪しい物の姿はどことも知れず消え失せてしまったそ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・宮の森を黒髪にして、ちょうど水脈の血に揺らぐのが真白な胸に当るんですね、裳は裾野をかけて、うつくしく雪に捌けましょう。―― 椿が一輪、冷くて、燃えるようなのが、すっと浮いて来ると、……浮藻――藻がまた綺麗なのです。二丈三丈、萌黄色に長く・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・製法、蘇枋染で本紅染を模する法、弱った鯛を活かす法などがあり、『織留』には懐炉灰の製法、鯛の焼物の速成法、雷除けの方法など、『胸算用』には日蝕で暦を験すこと、油の凍結を防ぐ法など、『桜陰比事』には地下水脈験出法、血液検査に関する記事、脈搏で・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・それと同じようにわれわれはまた俳句というものの中に流れている俳句的精神といったようなものの源泉を、その詩型の底にもぐり込んで追究して行くと、その水脈のようなものは意外に広く遠い所に根を引いているのに気がつくであろう。たとえば万葉や古事記の歌・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・そこは、サンムトリ山の古い噴火口の外輪山が、海のほうへ向いて欠けた所で、その小屋の窓からながめますと、海は青や灰いろの幾つもの縞になって見え、その中を汽船は黒いけむりを吐き、銀いろの水脈を引いていくつもすべっているのでした。 老技師はし・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・銀のすすきの波をわけ、かがやく夕陽の流れをみだしてはるかにはるかに遁げて行き、そのとおったあとのすすきは静かな湖の水脈のようにいつまでもぎらぎら光って居りました。 そこで嘉十はちょっとにが笑いをしながら、泥のついて穴のあいた手拭をひろっ・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・ 一九〇五年からあとのロシアの反動期を通じて、チェホフが一見しずかそうな彼の文学の底を貫いてもちつづけた科学性に立つ正義感の水脈をつたわり、つつましいコロレンコが若いゴーリキーのうちに未来への期待をかけたその社会性、人民性に対する待望の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・女性総体としての社会的経験が急速に多様になり、複雑になって来ているわけなのだが、そのようにして社会の新しい水脈に立った娘さんたちが、どのように自分の経験を感じながら生きているのだろう。自分一個のさまざまの経験や気持や希望を、自分のものである・・・ 宮本百合子 「女の自分」
・・・太古の文明はこのライン河の水脈にそって中部ヨーロッパにもたらされた。ライン沿岸地方は、未開なその時代のゲルマン人の間にまず文明をうけ入れ、ついで近代ドイツの発達と、世界の社会運動史の上に大切な役割りを持つ地方となった。早くから商業が発達し、・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・しかし文学現象は、その寛容の谷間を、戦後経済の濁流とともにその日ぐらしに流れて、こんにちでは、そのゴモクタが文学の水脈をおおいかくし、腐敗させるところまで来ている。ちかごろあらわれる実名小説というものも、そこにどういう理窟がつけられようとも・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
出典:青空文庫