・・・かもしれないが、しかし、もしも充分な知識と訓練を具備した八十人が、完全な統制のもとに、それぞれ適当なる部署について、そうしてあらかじめ考究され練習された方式に従って消火に従事することができれば、たとえ水道は止まってしまっても破壊消防の方法に・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・もう三十年の昔、小日向水道町に水道の水が、露草の間を野川の如くに流れていた時分の事である。 水戸の御家人や旗本の空屋敷が其処此処に売物となっていたのをば、維新の革命があって程もなく、新しい時代に乗じた私の父は空屋敷三軒ほどの地所を一まと・・・ 永井荷風 「狐」
・・・という茶漬飯屋まで案内してくれたことがあった。水道尻の方から寝静った廓へ入ったので、角町へ曲るまでに仲の町を歩みすぎた時、引手茶屋のくぐり戸から出て来た二人の芸者とすれちがいになった。芸者の一人と踊子の栄子とは互に顔を見て軽く目で会釈をした・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・不夜城を誇顔の電気燈は、軒より下の物の影を往来へ投げておれど、霜枯三月の淋しさは免れず、大門から水道尻まで、茶屋の二階に甲走ッた声のさざめきも聞えぬ。明後日が初酉の十一月八日、今年はやや温暖く小袖を三枚重襲るほどにもないが、夜が深けては・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・水も易えてやった。水道の水だから大変冷たい。 その日は一日淋しいペンの音を聞いて暮した。その間には折々千代千代と云う声も聞えた。文鳥も淋しいから鳴くのではなかろうかと考えた。しかし縁側へ出て見ると、二本の留り木の間を、あちらへ飛んだり、・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・暖かい日の午過食後の運動がてら水仙の水を易えてやろうと思って洗面所へ出て、水道の栓を捩っていると、その看護婦が受持の室の茶器を洗いに来て、例の通り挨拶をしながら、しばらく自分の手にした朱泥の鉢と、その中に盛り上げられたように膨れて見える珠根・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・不夜城を誇り顔の電気燈にも、霜枯れ三月の淋しさは免れず、大門から水道尻まで、茶屋の二階に甲走ッた声のさざめきも聞えぬ。 明後日が初酉の十一月八日、今年はやや温暖かく小袖を三枚重襲るほどにもないが、夜が深けてはさすがに初冬の寒気が身に浸み・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ところどころに急設された水飲場の水道栓から溢れる水が、あたりの砂にしみている。河の方から吹く風は爽かだ。 広場に向って開いているラジオ拡声機からは、絶え間なく、活溌な合唱、又は交響楽がはじきだされる。 すばらしいメーデーの飾をみよう・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ アア、アアとけったるそうな、生欠伸をして、「さあ御晩のしたくだ、 この頃の水道の冷たさは、床の中では分らないねえ。と云って、ボトボトと立ちあがった。「ほんにすまん事、 堪仁(しとくれやす。・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・三十円位で、ガスと水道のある、なるたけ本郷区内という注文をしたのである。 考えて見ると、それから一年位経つか経たないうちに、外国語学校教授で、英国官憲の圧迫に堪えかねて自殺したという、印度人のアタール氏を始めて見たのがその周旋屋の、妙に・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
出典:青空文庫