・・・喜三郎は蘭袋の家へ薬を取りに行く途中、群を成した水鳥が、屡空を渡るのを見た。するとある日彼は蘭袋の家の玄関で、やはり薬を貰いに来ている一人の仲間と落ち合った。それが恩地小左衛門の屋敷のものだと云う事は、蘭袋の内弟子と話している言葉にも自ら明・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
………僕は何でも雑木の生えた、寂しい崖の上を歩いて行った。崖の下はすぐに沼になっていた。その又沼の岸寄りには水鳥が二羽泳いでいた。どちらも薄い苔の生えた石の色に近い水鳥だった。僕は格別その水鳥に珍しい感じは持たなかった。が、余り翼など・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・ 御存じの通り、稲塚、稲田、粟黍の実る時は、平家の大軍を走らした水鳥ほどの羽音を立てて、畷行き、畔行くものを驚かす、夥多しい群団をなす。鳴子も引板も、半ば――これがための備だと思う。むかしのもの語にも、年月の経る間には、おなじ背戸に、孫も彦・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・唯今は、ちょうど季節だものでございますから、この潟へ水鳥を撃ちに。」「ああ、銃猟に――鴫かい、鴨かい。」「はあ、鴫も鴨も居ますんですが、おもに鷭をお撃ちになります。――この間おいでになりました時などは、お二人で鷭が、一百二三十も取れ・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・いえど此方は水鳥の浮寝の床の水離れ、よしあし原をたちかぬれば、この間に早瀬手を取る、お蔦振返る早瀬もともに、ふりかえり伏拝む。さて行かんとして、お蔦衝と一方に身を離す。早瀬 どこへ行く。お蔦 一人々々両側へ、別れ・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・「水鳥のたぐいにも操というものがあると見えまして、雌なり雄なりが一つとられますと、あとに残ったやもめ鳥でしょう、ほかの雌雄が組をなして楽しげに遊んでる中に、一つ淋しく片寄って哀れに鳴いてるのを見ることがあります。そういうことがおりおりあ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 無帽蓬髪、ジャンパー姿の痩せた青年は、水鳥の如くぱっと飛び立つ。 太宰治 「渡り鳥」
・・・それをば土手に群る水鳥が幾羽となく飛入っては絶えず、羽ばたきの水沫に動し砕く。岸に沿うて電車がまがった。濠の水は一層広く一層静かに望まれ、その端れに立っている桜田門の真白な壁が夕方前のやや濁った日の光に薄く色づいたままいずれが影いずれが実在・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・かゝる踊かな日は斜関屋の槍に蜻蛉かな柳散り清水涸れ石ところ/″\かひがねや穂蓼の上を塩車鍋提げて淀の小橋を雪の人てら/\と石に日の照る枯野かなむさゝびの小鳥喰み居る枯野かな水鳥や舟に菜を洗ふ女ありのごとし・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 仙二は朝早く起きるとすぐ池にとんで行った、そうして着物をぬぐとすぐまっさおな水面に水鳥の様に泳ぎ出した。かなり広い池をのこりなく泳ぎまわって盛の藻の花をつきるまで取った。 茶色のくきの細くて長いのを首にかけて上った時、仙二は涙をこ・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
出典:青空文庫