・・・の主人には十分もすれば帰ると言って出たが、もしかしたら、永久に帰って来ないかも知れない。 並んで心斎橋筋を北へ歩いて行った。「話て、どんな話や」「…………」 幾子は黙っていた。彼も黙々としてあるいた。もう恋人同志の気分になっ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・日なたのなかの彼らは永久に彼らの怡しみを見棄てない。壜のなかのやつも永久に登っては落ち、登っては落ちている。 やがて日が翳りはじめる。高い椎の樹へ隠れるのである。直射光線が気疎い回折光線にうつろいはじめる。彼らの影も私の脛の影も不思議な・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・そよ吹く風に霧雨舞い込みてわが面を払えば何となく秋の心地せらる、ただ萌え出ずる青葉のみは季節を欺き得ず、げに夏の初め、この年の春はこの長雨にて永久に逝きたり。宮本二郎は言うまでもなく、貴嬢もわれもこの悲しき、あさましき春の永久にゆきてまたか・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・人間の目的は神的意識の再現たる永久的自我を実現せしめることにある。社会を改善する目的も大衆に肉体的快楽、物的満足を与えるためではない。その各々の自我を実現せしめんがためである。 かような人格価値主義に対して幸福主義――自己の快楽の追求か・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 永久の貧乏 百姓達が、お前達は、いつまでたっても、──孫子の代になっても貧乏するばかりで、決して頭は上らない。と誰れかに云われる。 彼等は、それに対して返事をするすべを知らない。それは事実である。彼等は二十年、或は・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・あるいは人間は永久にわたって懺悔の時代以上に超越するを得ないものかも知れぬ。 以上を私が現在において為し得る人生観論の程度であるとすれば、そこに芸術上のいわゆる自然主義と尠なからぬ契機のあることを認める。けれども芸術上の自然主義はもっと・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・今後あのように上質な着物を着る事は私には永久に無いであろう。私はそれを着て、祝賀会に出席した。羽織は、それを着ると芸人じみるので、惜しかったけれど、着用しなかった。会の翌日、私はその品物全部を質屋へ持って行った。そうして、とうとう流してしま・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・彼の説だというのに拠れば、社会の祝福が単に制度をどうしてみたところでそれで永久的に得られるものではない。ただ銘々の我慾の節制と相互の人間愛によってのみ理想の社会に到達する事が出来るというのであるらしい。 勿論彼は世界平和の渇望者である。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・――若し彼女がうけいれてくれるならば、竹びしゃく作りになって永久に田舎に止まるだろう。労働者トリオの最後の一人となって朽ちるだろう。――そしてその方が三吉の心を和ませさえした。満足した母親の顔と一緒に、彼女の影像がかぎりなくあたたかに映って・・・ 徳永直 「白い道」
・・・日本は永久自分の住む処、日本語は永久自分の感情を自由にいい現してくれるものだと信じて疑わなかった。 自分は今、髯をはやし、洋服を着ている。電気鉄道に乗って、鉄で出来た永代橋を渡るのだ。時代の激変をどうして感ぜずにいられよう。 夕陽は・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫