・・・たとえ、両国橋、新大橋、永代橋と、河口に近づくに従って、川の水は、著しく暖潮の深藍色を交えながら、騒音と煙塵とにみちた空気の下に、白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、石炭を積んだ達磨船や白ペンキのはげた古風な汽船をものうげにゆ・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・ 久しい後で、その頃薬研堀にいた友だちと二人で、木場から八幡様へ詣って、汐入町を土手へ出て、永代へ引っ返したことがある。それも秋で、土手を通ったのは黄昏時、果てしのない一面の蘆原は、ただ見る水のない雲で、対方は雲のない海である。路には処・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・このあたりこそ気勢もせぬが、広場一ツ越して川端へ出れば、船の行交い、人通り、烟突の煙、木場の景色、遠くは永代、新大橋、隅田川の模様なども、同一時刻の同一頃が、親仁の胸に描かれた。「姉や、姉や、」と改めて呼びかけて、わずかに身を動かす背に・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・「町は清住町、永代のじき傍さ」「そうか、永代の傍で清住町というんだね、遊びに行くよ。番地は何番地だい?」「清住町の二十四番地。吉田って聞きゃじき分るわ」「吉田? 何だい、その吉田てえのは?」「私の亭主の苗字さ」と言って、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ケイズ釣りというのはそういうのと違いまして、その時分、江戸の前の魚はずっと大川へ奥深く入りましたものでありまして、永代橋新大橋より上流の方でも釣ったものです。それですから善女が功徳のために地蔵尊の御影を刷った小紙片を両国橋の上からハラハラと・・・ 幸田露伴 「幻談」
夜の隅田川の事を話せと云ったって、別に珍らしいことはない、唯闇黒というばかりだ。しかし千住から吾妻橋、厩橋、両国から大橋、永代と下って行くと仮定すると、随分夜中に川へ出て漁猟をして居る人が沢山ある。尤も冬などは沢山は出て居・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・ そのほかいろいろの方面のそう難者について、さまざまのいたいたしい話を聞きました。永代橋が焼けおちるのと一しょに大川の中へおちて、後でたすけ上げられた或婦人なぞは、最初三つになる子どもをつれて、深川の方からのがれて来て、橋の半ば以上のと・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
西鶴の作品についてはつい近年までわずかな知識さえも持合せなかった。ところが、二、三年前にある偶然な機会から、はじめて『日本永代蔵』を読まなければならない廻り合せになった。当時R研究所での仕事に聯関して金米糖の製法について色・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・人間の歴史のある時期に地球上のある地点に発生した文化の産物は時間の経過とともに人為的のあらゆる障壁を無視して四方に拡散するのは当然である。永代橋から一樽の酒をこぼせば、その中の分子の少なくもある部分はいつかは、世界じゅうの海のいかなる果てま・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・ 四 一週に一度永代橋を渡って往復する。橋の中ほどから西寄りの所で電車の座席から西北を見ると、河岸に迫って無骨な巌丈な倉庫がそびえて、その上からこの重い橋をつるした鉄の帯がゆるやかな曲線を描いてたれ下がっている。・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
出典:青空文庫