「浅草の永住町に、信行寺と云う寺がありますが、――いえ、大きな寺じゃありません。ただ日朗上人の御木像があるとか云う、相応に由緒のある寺だそうです。その寺の門前に、明治二十二年の秋、男の子が一人捨ててありました。それがまた生れ年は勿論、名・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・しかし、そこはまた、彼等にとって、永住の地でなかったのである。伊太利の空を描いても、知らず北欧の空の色が、描き出されるのをいかんともすることができなかった。ゴッホに、到底セザンヌの軽快洒脱を望むことはできないが、その表現主義的であり、哲学的・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・そういう私はいまだに都会の借家ずまいで、四畳半の書斎でも事は足りると思いながら、自分の子のために永住の家を建てようとすることは、われながら矛盾した行為だと考えたこともある。けれども、これから新規に百姓生活にはいって行こうとする子には、寝る場・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・あの形勝の好い位置にあった、庭も広く果樹なども植えてあった、恐らく永住の目的で先生が建てた家を知っている。あの時代に居た先生の二度目の奥さんを知っている。あの頃は先生もまだ若々しく、時には奥さんに軽い洋装をさせ、一緒に猿町辺を散歩した……先・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・このベンデルが、永年の夢として抱いているリオ・デジャネイロ市へ永住するための資金を稼ごうとして、数年来あらゆる悪辣な秘密手段をつかってこっそり金をためている「ヘリクレス」コンツェルンの会計係コレイコから、その金を捲き上げようとする。その過程・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・彼が七年ぶりに、イタリーからソヴェト同盟へ帰って来た時の事で、当時ゴーリキイは、ソヴェト同盟に自分が永住するかどうかということについても、はっきり心を決めていなかったようであったし、彼としては予想したよりはるかに盛大な、心からの歓迎に感動し・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・彼が五年ぶりに、イタリーからソヴェト同盟へ帰って来た時のことで、当時ゴーリキイは、ソヴェト同盟に自分が永住するかどうかということについても、はっきり心を決めていなかったようであったし、彼としては予想したよりはるかに盛大な、心からの歓迎に感動・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・「そういう自分は未だに飯倉の借家住居で、四畳半の書斎でも事はたりると思いながら自分の子のために永住の家を建てようとすることは、我ながら矛盾した行為だ」という言葉のうちに、それが察せられる。が、その時に藤村が考えたのは、たぶん、ささやかな質素・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫