・・・世にはまた色紙短冊のたぐいに揮毫を求める好事家があるが、その人たちが悉く書画を愛するものとは言われない。 祖国の自然がその国に生れた人たちから飽かれるようになるのも、これを要するに、運命の為すところだと見ねばなるまい。わたくしは何物にも・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・好んで身体を使って疲労を求める。吾々が毎日やる散歩という贅沢も要するにこの活力消耗の部類に属する積極的な命の取扱方の一部分なのであります。がこの道楽気の増長した時に幸に行って来いという命令が下ればちょうど好いが、まあたいていはそう旨くは行か・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・故に我々の自己は真実在の自己限定として真に実在的なればなるほど、我々の自己は真理を求めるのである。真の実践もそこから出て来るのである。真理は相対論者のいう如く相対的なものではなく、いわゆる直覚論者のいう如くに一度的に決定的なものでもない。問・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・今の新しい僕は、むしろ親しい友人との集会なども、進んで求めるようにさえ明るくなってる。来訪客と話すことも、昔のように苦しくなく、時に却って歓迎するほどでさえもある。ニイチェは読書を「休息」だと云ったが、今の僕にとって、交際はたしかに一つの「・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・無論尋常の密会を求める色文では無い。しかしマドレエヌは現在の煩悶を遁れて、過去の記念の甘みが味いたいと云う欲望をほのめかしている。男子の貞操を守っていない夫に対して、復讐がしてやりたいと云う心持が、はっきり筆に書いてはないが、文句の端々に曝・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・これが己の求める物に達する真直な道を見る事の出来ない時、厭な間道を探し損なった記念品だ。この十字架に掛けられていなさる耶蘇殿は定めて身に覚えがあろう。その疵のある象牙の足の下に身を倒して甘い焔を胸の中に受けようと思いながら、その胸は煖まる代・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・人はまことを求める。真理を求める。ほんとうの道を求めるのだ。人が道を求めないでいられないことはちょうど鳥の飛ばないでいられないとおんなじだ。おまえたちはよくおぼえなければいけない。人は善を愛し道を求めないでいられない。それが人の性質だ。これ・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・正しい民主的な社会を求める人々は、こういう性のこみちから人間を人間でなくするような人間破壊に対して闘わなければなりません。肉体主義の文学が、「肉体をはる」生き方にヒロイズムを描き出している。汚れをいとわないとか、古くさい結婚の形にしばられな・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ つぎに着意して道を求める人がある。専念に道を求めて、万事をなげうつこともあれば、日々の務めは怠らずに、たえず道に志していることもある。儒学に入っても、道教に入っても、仏法に入っても基督教に入っても同じことである。こういう人が深くはいり・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・そこで、彼は蒼ざめた顔をして保護色を求める虫のように、一日丘の青草の中へ坐っていた。日が暮れかかると彼は丘を降りて街の中へ這入って行った。時には彼は工廠の門から疲労の風のように雪崩れて来る青黒い職工達の群れに包まれて押し流された。彼らは長蛇・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫