・・・で、自分は自分の標準に依って訳する丈けの手腕がないものと諦らめても見たが、併しそれは決して本意ではなかったので、其の後とても長く形の上には、此の方針を取っておった。 処で、出来上った結果はどうか、自分の訳文を取って見ると、いや実に読みづ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・それについて誰に相談いたしましょう。決してこの土地の人には打明けたくございません。 そんならパリイには誰がいるかと云うと、あなたより外に知った方はありません。 あなたはわたくしの相談相手になって下さらないわけには参りますまい。わたく・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・これからさき生かして置いてくれるなら、己は決して他の人間を物の言えぬ着物のように、または土偶か何かのように扱いはせぬ。どんな詰まらぬ喜でも、どんな詰らぬ歎でも、己は真から喜んで真から歎いて見る積りだ。人生の柱になっている誠というものもこれか・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・しかれども洒堂のこれらの句は元禄の俳句中に一種の異彩を放つのみならず、その品格よりいうも鳩吹、刈株の句のごときは決して芭蕉の下にあらず。芭蕉がこの特異のところを賞揚せずして、かえってこれを排斥せんとしたるを見れば、彼はその複雑的美を解せざり・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・そのうち私は決してここを離れないから」 蟻の子供らはいちもくさんにかけて行きます。 歩哨は剣をかまえて、じっとそのまっしろな太い柱の、大きな屋根のある工事をにらみつけています。 それはだんだん大きくなるようです。だいいち輪廓のぼ・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・として通過した日本のインテリゲンツィアの諸問題は、今日一般において決して著者が通過したようにはとおりすぎられていない。日本の文学感覚はまだもろく弱くて、文学といえば、人は理性の視点と水平なものとしてそれを感じないくせがある。戦争は、客観的な・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・鴎外は殺されても、予は決して死んでは居ない。予は敢て言う。希臘語に「エピゴノイ」ということがある。猶此に末流と云うがごとしだ。新文学士諸家も、これと袂を聯ねて文壇に立っている宙外等の諸家も、「エピゴノイ」たることを免れない。今の文壇は露伴等・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・もしこの時その位置がただいまのようであッたなら決して見えるわけはない。 山田美妙 「武蔵野」
・・・ しかしながら、コンミニズム文学のみが、ひとり唯物論的文学では決してない。それなら、他にいかなる唯物論的文学が存在するか。それは、新感覚派文学、これ以外には、一つもなかった。 もし新しき文学が、コンミニズム文学と新感覚派文学・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・といいましたら、奥様が妙に苦々しい笑いようを為って、急に改まって、きっぱりと「マアぼうは、そんなことを決していうのじゃありませんよ、坊はやっぱりそのままがわたしには幾ら好のか知れぬ、坊のその嬉しそうな目付、そのまじめな口元、ひとつも変えたい・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫