・・・冷々然として落着き澄まして、咳さえ高うはせず、そのニコチンの害を説いて、一吸の巻莨から生ずる多量の沈澱物をもって混濁した、恐るべき液体をアセチリンの蒼光に翳して、屹と試験管を示す時のごときは、何某の教授が理化学の講座へ立揚ったごとく、風采四・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・いかにかれは零落するとも、都の巷に白馬を命として埃芥のように沈澱してしまう人ではなかった。 しかし「ひげ」の「五年十年」はあたらなかった、二十年ぶりに豊吉は帰って来た、しかも「ひげ」の「五年十年」には意味があるので、実にあたったのである・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・又禹の治水にしても、洪水は黄土の沈澱によりて起る黄河の特性にして、河畔住民の禍福に關すること極めて大なるもの也。よく之を治するは仁君ともいふを得べし。然るに『書經』は支那のあらゆる河川が堯の時以來氾濫し居たりしに、禹はその一代に之を治したり・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・こういう風にして行けば頭がいつでも新鮮で、沈殿したり黴が生えたりする心配がなくていいかもしれないが、ただ少し忙し過ぎて困るような気もする。 これとは関係はないが、次の頁の脚註に、中世の博物学書に記述されたウニコール捕獲法というのが書いて・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・東京の空気を下の関までそっくり運ぼうとでもするように車室内の空気はムンムン沈澱していた。「図太え野郎だ。ハッハッハ、変ってやがらあ。首っ吊りしてやがらあ。はてな、俺のバスケットをどこへ持って行きやがったんだろう。おや、踏んづけてやがら、・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・その中には薄く酸化鉄が沈澱してあたりの岩から実にはっきりしていました。たしかに足痕が泥につくや否や、火山灰がやって来てそれをそのまま保存したのです。私ははじめは粘土でその型をとろうと思いました。一人がその青い粘土も持って来たのでしたが、蹄の・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・これは温泉から沈澱したのです。石英です。岩のさけ目を白いものが埋めているでしょう。いい標本です。〕みんなが囲む。水の中だ。「取らえなぃがべが。」「いいや、此処このまんまの標本だ。」「それでも取らえなぃがべが。」〔取ってみますか。取れ・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・作品はその自からなる生成の密度で比重が重く沈澱して左右水平の動きを示している上で、作家が体一つで上下動的運動を示し、とび上ったり落ちたり、そのことの重さで益々作品は平たくおしつぶしてゆくような奇妙な姿が現れた。 或る種の作家にとっては一・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
出典:青空文庫