・・・でもなく考えながら、多年の食道楽のために病的過敏となった舌の先で、苦味いとも辛いとも酸いとも、到底一言ではいい現し方のないこの奇妙な食物の味を吟味して楽しむにつけ、国の東西時の古今を論ぜず文明の極致に沈湎した人間は、是非にもこういう食物を愛・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・これを、かの世間の醜行男子が、社会の陰処に独り醜を恣にするにあらざれば同類一場の交際を開き、豪遊と名づけ愉快と称し、沈湎冒色勝手次第に飛揚して得々たるも、不幸にして君子の耳目に触るるときは、疵持つ身の忽ち萎縮して顔色を失い、人の後に瞠若とし・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・読んで見ると、精神の充実したフルーエントなところがなく修辞的でありすぎ、いつまでも青年の感傷に沈湎して居るような歯痒さがあった。「星座」にも同じ失敗を認める。大づかみに、ぐんと人生を掴まず視点が揺れ、作家としての心が弱すぎた。為に、あれ丈文・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・ 子供の読みものを書く大人の感情のうちにある幾通りかの感傷を、これからのその分野で活動しようとする人々は、真面目に考察し直し、そのような沈湎の中から歩み立って来なければなるまいと思う。 大人は子供の世界を心に描くとき、現在大人として・・・ 宮本百合子 「子供のためには」
・・・頭した武者小路実篤のヒューマニズムと等しく、幸徳秋水事件の反動として、社会的な人間性の解放を問題とせず、自分たちの生きている社会の歴史的現実から飛躍した一般人間性尊重とその主観的な表現としての官能への沈湎でした。一九三三年プロレタリア文学運・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・互に為すべきことを明に弁え、正しく賢く着々と生活を運転させることが彼等の理想であって、理由のない遠慮で仕事も遅らせたり、過度な感情に沈湎して頭を乱すようなことは、見識のない無知として斥けずにはいられないことなのです。 生きた例として、私・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 霊の権威を知り、多少内的生命を有する人にしてなお虚栄に沈湎して哀れむべき境地に身を置く人がある。虚栄は果てなき砂の文字である。「自己」を誤解されまじとするは恕す、「自己」を真価以上に広告し、すべての他人を凌駕し得たりと自負するに至ッて・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫