・・・しかし単にいろいろの優秀な楽器が寄り集まっただけでは音楽にはならないと同様に、単にいろいろな個性が他と没交渉に各自の個性を頑強に主張しているだけでは連句は決して成立しない。それらの相反するものが融合調和し相互に扶助し止揚することによって一つ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ローマンチシズムは、己以上の偉大なるものを材料として取扱うから、感激的であるけれども、その材料が読む者聞く者には全く、没交渉で印象にヨソヨソしい所がある、これに引き換えてナチュラリズムは、如何に汚い下らないものでも、自分というものがその鏡に・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・肺病患者が赤痢の論文を出して博士になった医者の所へ行ったって差支はないが、その人に博士たる名誉を与えたのは肺病とは没交渉の赤痢であって見れば、単に博士の名で肺病を担ぎ込んでは勘違になるかも知れない。博士の事はそのくらいにしてただ以上をかい撮・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・い事は論理上しかるべき見解ではあるが、徳義的の批判を許すべき事件が経となり緯となりて作物中に織り込まれるならば、またその事件が徳義的平面において吾人に善悪邪正の刺戟を与えるならば、どうして両者をもって没交渉とする事ができよう。 道徳と文・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・しかし前種の技巧、すなわち物に対する明暸なる知覚をそのままにあらわす手際は、全然理想と没交渉と云う訳には参りませんが、比較的にこれとは独立したものであります。これをわかりやすく申しますと、物をかいて、現物のように出来上っても、知、情、意、の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 彼女は、平常こそ書斎にばかり閉じ籠って母の仕事などとは没交渉な生活をして居ても、いざとなればどうにかすべてを切り廻し無くてはならない者になると云う自分のどっかにかくれて居る力をこの時どんなに感謝した事でしょう。 彼女は専心に働いた・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・そんな物は自分とは全く没交渉である。自分の家には昔から菩提所に定まっている寺があった。それを維新の時、先代が殆ど縁を切ったようにして、家の葬祭を神官に任せてしまった。それからは仏と云うものとも、全く没交渉になって、今は祖先の神霊と云うものよ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・そうして、悲しむべき事を悲しまず、偉大な者にひざまずかず、畢竟人類の努力に対して没交渉であろうとする彼らの態度に、抑え難き憤怒を感じます。しかもこのような人がいかに多いことでしょう。彼らの前には偉大な芸術も思想も味なき塩と異ならないのです。・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・隠者仙人は人生と没交渉なると同時に社会の人として価値がない。一己の心霊の満足は目的でない。霊水に凡俗を浴せしめ凡界を洗うの信念が無ければ仙人は鶴と類を同じゅうせる生物に過ぎない。 真と義と愛と荘とに対する絶対の執着即神の憧憬と悪の憎悪は・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫