・・・ するとある日、彼等の五六人が、円い頭をならべて、一服やりながら、例の如く煙管の噂をしていると、そこへ、偶然、御数寄屋坊主の河内山宗俊が、やって来た。――後年「天保六歌仙」の中の、主な rol をつとめる事になった男である。「ふんま・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・さてこうなって考えますと、叔母の尼さえ竜の事を聞き伝えたのでございますから、大和の国内は申すまでもなく、摂津の国、和泉の国、河内の国を始めとして、事によると播磨の国、山城の国、近江の国、丹波の国のあたりまでも、もうこの噂が一円にひろまってい・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・第一と世に知られたこの武生の中でも、その随一の旅館の娘で、二十六の年に、その頃の近国の知事の妾になりました……妾とこそ言え、情深く、優いのを、昔の国主の貴婦人、簾中のように称えられたのが名にしおう中の河内の山裾なる虎杖の里に、寂しく山家住居・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ この猛犬は、――土地ではまだ、深山にかくれて活きている事を信ぜられています――雪中行軍に擬して、中の河内を柳ヶ瀬へ抜けようとした冒険に、教授が二人、某中学生が十五人、無慙にも凍死をしたのでした。――七年前―― 雪難之碑はその記念だ・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ただ道は最も奥で、山は就中深いが、栃木峠から中の河内は越せそうである。それには一週間ばかり以来、郵便物が通ずると言うのを聞くさえ、雁の初だよりで、古の名将、また英雄が、涙に、誉に、屍を埋め、名を残した、あの、山また山、また山の山路を、重る峠・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・』 その次が十一月二十六日の記、『午後土河内村を訪う。堅田隧道の前を左に小径をきり坂を越ゆれば一軒の農家、山の麓にあり。一個の男、一個の妻、二個の少女麦の肥料を丸めいたり。少年あり、藁を積み重ねし間より頭を出して四人の者が余念なく仕・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・しかし戦乱の世である。河内の高屋に叛いているものがあるので、それに対して摂州衆、大和衆、それから前に与一に徒党したが降参したので免してやった赤沢宗益の弟福王寺喜島源左衛門和田源四郎を差向けてある。また丹波の謀叛対治のために赤沢宗益を指向けて・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ハハハハハハ、公方が河内正覚寺の御陣にあらせられた間、桂の遊女を御相手にしめされて御慰みあったも同じことじゃ、ハハハハハハ。」と笑った。二人は畳に頭をすりつけて謝した。其間に男は立上って、手早く笛を懐中して了って歩き出した。雪に汚れた革・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 藤村先生の戸籍名は河内山そうしゅんというのだ。そのような大へんな秘密を、高橋の呼吸が私の耳朶をくすぐって頗る弱ったほど、それほど近く顔を寄せて、こっそり教えて呉れましたが、高橋君は、もともと文学青年だったのです。六、七年まえのことでござい・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・その二つには、れいの新聞社の本社に、主幹として勤めている河内という人に、私が五年まえの病気の時、少し御心配をお掛けしているからである。河内さんとは、私が高等学校のときからの知り合いである。いつも陰で、私の評判わるい小説を支持してくれていたの・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
出典:青空文庫