・・・その一人の絵を見ると、油絵で西洋の色々な絵を描いている。アンプレッショニストのような絵も描いている。クラシカルな、ルーベンスなどに非常に能く似たような絵も描いている。仏蘭西派であるが、あれを公平に考えて見ると、彼の人は何処に特色があるだろう・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・見るとなるほど四通りの花だか葉だかが油絵の枠のように熊と獅子を取り巻いて彫ってある。「ここにあるのは Acorns でこれは Ambrose の事です。こちらにあるのが Rose で Robert を代表するのです。下の方に忍冬が描いてあり・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・私は幾度か額をはずし、油絵の裏側を覗いたりした。そしてこの子供の疑問は、大人になった今日でも、長く私の解きがたい謎になってる。 次に語る一つの話も、こうした私の謎に対して、或る解答を暗示する鍵になってる。読者にしてもし、私の不思議な物語・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 婦人画家 茶の間で、壁のところへ一枚の油絵をよせかけて、火鉢のところからそれを眺めながら、画中のドックに入っている船と後方の丘との距離が明瞭でないとか、遠くの海上の島がもう一寸物足りないとか素人評をやっている・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・そして、作者自身からいつか聞いた身の上話の断片――田舎の中学生であったころからの芸術愛好家であり、ダダイズムの油絵を描き、上京後は新聞社に入って政治記者もやったという作者の生きてきた道を、おのずから思い浮かべたのであった。 丁度これを書・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・ 全く違った意味で印象にのこっている油絵がもう一つある。それは「ピアノの前」という題で一人の背広服の紳士と並んで訪問服の洋装夫人が腰かけている左手のソファーに、一人全裸体の女が横になっている大きな絵である。作者猪熊弦一郎氏はアトリエへ訪・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・遠見に淡く海辺風景を油絵で描き、前に小さい貝殼、珊瑚のきれはし、海草の枝などとり集めて配合した上を、厚く膨んだ硝子で蓋したものだ。薄暗い部屋だから、眼に力をこめて凝視すると、画と実物の貝殼などとのパノラマ的効果が現れ、小っぽけな窓から海底を・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・館長室に故渡辺与平の油絵と、同じ人の墨絵の竹の軸がかかっていた。永山氏は、長崎史研究者として知られている。その節、永山氏も云われたことだが、長崎は、日本文明史に重大な関係を有す特別な都市でありながら、未だ博物館を持っていない。種々の研究材料・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・すこし行くと、プガチョフの物語りを描いたこれも大きい油絵がかかっている。 ステンカ・ラージンやプガチョフは、民謡の中にうたわれ、昔からロシアの勤労大衆に親しまれて来た農民革命家だ。彼等は、封建時代のロシアの辺土から起って、時の支配者に反・・・ 宮本百合子 「ロシアの過去を物語る革命博物館を観る」
・・・ 実をいうと自分は、この画に対した時、画面の印象よりもまずその油絵風の筆触に眼を奪われたのである。そうしてその三色版じみた模倣に呆れたのである。しかし近よって子細に検すると、麦のくきや穂や葉などの、乾いてポキポキとした感じが、日本絵の具・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫