恒藤恭は一高時代の親友なり。寄宿舎も同じ中寮の三番室に一年の間居りし事あり。当時の恒藤もまだ法科にはいらず。一部の乙組即ち英文科の生徒なりき。 恒藤は朝六時頃起き、午の休みには昼寝をし、夜は十一時の消灯前に、ちゃんと歯・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・ところが日本では昔から法科万能で、実務上には学者を疎んじ読書人を軽侮し、議論をしたり文章を書いたり読書に親んだりするとさも働きのない低能者であるかのように軽蔑されあるいは敬遠される。二葉亭ばかりが志を得られなかったのではない。パデレフスキー・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・就中、法科志望の点取虫の多いのには、げっそりさせられた。彼等は教師の洒落や冗談までノートに取り、しかもその洒落や冗談を記憶して置く必要があるかどうか、即ちそれが試験に出るかどうかと質問したりした。彼等の関心は試験に良い点を取ることであり、東・・・ 織田作之助 「髪」
・・・と、法科の上田がその四角の顔をさらにもっともらしくして言いますと、鷹見が、「しかし樋口には何よりこの紐がうれしいのだろう、かいでみたまえ、どんなにおいがするか」「ばか言え、樋口じゃあるまいし」と、上田の声が少し高かったので、鸚鵡が一・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・僕は、何ごとも、どっちつかずにして来て、この二年間で法科の課程を三分の一、それも不充分にしか卒えていない。しかも、他に、なにもできないのであった。そういった、アマツール的な気持からは、ただ、太宰治のくるしみを、肉体的に感じてくるばかりで、傍・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・もう記憶も薄れている程なのですが、おひとりは、何でも、帝大の法科を出たばかりの、お坊ちゃんで外交官志望とやら聞きました。お写真も拝見しました。楽天家らしい晴やかな顔をしていました。これは、池袋の大姉さんの御推薦でした。もうひとりのお方は、父・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・いったい自分は法科などへはいってこんな俗吏になろうと云うような考えは毛頭なかった。中学校に居た頃、先では何になる積りかなどとよく人に聞かれた事はあったが、何になる積りだか、そんな事はまだ考えていなかった。もし考えたら何もなるものが無くて困っ・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・きょうから隣の空室へ判事試補マイヤー君が宿をとりました。法科のベルナー君や理科のデフレッガア君などは目下郷里へ帰ってたいへん静かであります。 長々と書いたもののいっこうつまらなくなりました。 パリから 私の宿・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・しかし、日本のあらゆる官僚機構と学界のすべての分野に植えこまれている学閥の威力は、帝大法科出身者と日大の法科出身者とを、同じ人生航路に立たせなかった。「息子を世に立たせよう」という自身には封じられていた希望で、田畑を売ってまで「大学を出した・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・東大でも、伊藤ハンニまがいの山師がでているし、きわめてエクセントリックな性格と生活態度の女子学生が大阪の実家で弟に殺されたという事件があったし、法科の学生が教室でエロティックな映画を公開したというおどろくべきこともありました。女子の学校など・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
出典:青空文庫