・・・作者藤村氏が、抒情的な粘着力をもって縷々切々と、この主人公とそれをめぐる一団の人々の情感を語りつつ、時代の力、実利と人間理想とが歴史の波間でいかに猛烈にかみ合い、理想の敗北が箇人的生涯の悲惨として現れるかということを一般人生の姿として冷たく・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・と、歴史の波間にかくされる他の数名とを生んで来た。火野葦平が「文壇登龍門」とし、「道場」という同人雑誌も、そこから現在の文壇有名人の大部分が出て来ているというならば、その底には、それらの同人雑誌が当時にもっていた何かの前進性、敢て試みる文学・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・夥しい良書悪書の氾濫にもかかわらず、女性の著作のしめている場所は、狭く小さく消極的で、波間にやっと頭を出している地味の貧しい小島を思わせる。やっと、やっと、絶え絶えの声を保って来ているのである。 そして、なお興味のあることは、おや、すこ・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
・・・ 御台場はぼんやりかすみはじめて雲の山はうす紫に青い海は前よりもあおく、みちしお力づよさと、気持とがその一うねりの波間にもこもって遠い遠い沖の方から段々こっちにこっちにうねって来る。 芸人の子「何んだ、高が芸人の・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・歴史の波間に沈んだ。 文学者その他の文筆にたずさわる人々の間では著作家組合が考えられて来た。演劇関係の人々の間に、そういう専門家のかたまりのようなものはあっていいのだろうか。あるべきなのだろうか。或はあるべきだが出来ない理由があるという・・・ 宮本百合子 「俳優生活について」
・・・タブ……タブ……物懶く海水が船腹にぶつかり、波間に蕪、木片、油がギラギラ浮いていた。彼方に、修繕で船体を朱色に塗りたくられた船が皮膚患者のように見えた。鴎がその檣のまわりを飛んだ。起重機の響……。 ダーリヤの、どこまでも続く思い出を突然・・・ 宮本百合子 「街」
・・・丘の花壇は、魚の波間に忽然として浮き上った。薔薇と鮪と芍薬と、鯛とマーガレットの段階の上で、今しも日光室の多角な面が、夕日に輝きながら鋭い光鋩を眼のように放っていた。「しかし、この魚にとりまかれた肺病院は、この魚の波に攻め続けられている・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫