・・・千日前から道頓堀筋へ抜ける道の、丁度真中ぐらいの、蓄音機屋と洋品屋の間に、その表門がある。 表門の石の敷居をまたいで一歩はいると、なにか地面がずり落ちたような気がする。敷居のせいかも知れない。あるいは、われわれが法善寺の魔法のマントに吸・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・から、土産物屋、洋品屋、飲食店など殆んど軒並みに皎々と明るかった。 その明りがあるから、蝋燭も電池も要らぬ。カフェ・ピリケンの前にひとり、易者が出ていた。今夜も出ていた。見台の横に番傘をしばりつけ、それで雪を避けている筈だが、黒いマント・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 旧時代のハイカラ岸田吟香の洋品店へ、Sちゃんが象印の歯みがきを買いに行ったら、どう聞き違えたものか、おかしなゴム製の袋を小僧がにやにやしながら持ち出したと言って、ひどくおかしがって話したことを思い出す。Sは口ごもって、ひどくはにかんだ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・どうしてこの洋品部が丸善に寄生あるいは共生しているかという疑問を出した時にP君はこんな事を言った。「書物は精神の外套であり、ネクタイでありブラシであり歯みがきではないか、ある人には猿股でありステッキではないか。」こう言われてみればそうである・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ ○二人のしわい四十すぎの独身男と夫との散歩 浜中、A、銀座、 浜中、独身男らしく、洋品店などしきりにのぞく。 Aは食物のことばかり気にかけ、そして二人とも結局は何も買わず。〔欄外に〕ぽつぽつ雨、浜中、帽中をいたわ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫