・・・ちょっと洒落れた洋装などをしてね」 しかし彼女は誰の目にも見すぼらしいなりをしているのに違いなかった。僕はT君と話しながら、そっと彼女を眺めていた。彼女はどこか眉の間に気違いらしい感じのする顔をしていた。しかもその又風呂敷包みの中から豹・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ 当時の欧化熱の中心地は永田町で、このあたりは右も左も洋風の家屋や庭園を連接し、瀟洒な洋装をした貴婦人の二人や三人に必ず邂逅ったもんだ。ダアクの操り人形然と妙な内鰐の足どりでシャナリシャナリと蓮歩を運ぶものもあったが、中には今よりもハイ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ そのとき、りっぱな洋装をしてお嬢さんが出てきました。お嬢さんはこれから、どこかへ出かけられるようすでした。「お姉さん、わたしもいっしょにつれていってください。」と、門に立っている少女は、呼びかけました。 お嬢さんは、びっくりし・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・ たとえ、今日洋装の書物が、耐久性からいっても、趣味の上からしても殆んど永久の蔵書に値しないかもしれぬが、なほ優に二三十年間は、原型をとゞむるでありましょう。 かりに、私が、愛書家であり、蔵書家であっても、それで満足がされます。・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ときには洋装の若い女が来て、しきりに洗っているとFさんにきいて、私は何となく心を惹かれ、用事のあるなしにつけ千日前へ出るたびにこの寺にはいって、地蔵の前をぶらぶらうろうろした。そしてある日、遂に地蔵の胸に水を掛け水を掛け、たわしで洗い洗いし・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 焼跡らしい、みすぼらしいプラットホームで、一人の若い洋装の女が、おずおずと、しかし必死に白崎のいる窓を敲いた。「窓から乗るんですか」 と、白崎は窓をあけた。「ええ」 彼はほっとしたのだった。どこの窓も、これ以上の混雑を・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・とし、蓄音器は新内、端唄など粋向きなのを掛け、女給はすべて日本髪か地味なハイカラの娘ばかりで、下手に洋装した女や髪の縮れた女などは置かなかった。バーテンというよりは料理場といった方が似合うところで、柳吉はなまこの酢の物など附出しの小鉢物を作・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ そこをすかさず、金をせびる。俗に「ヒンブルを掛ける」のだ。 それ故の「ヒンブルの加代」だが、べつに「兵古帯お加代」という名も通っている。 洋装はせず、この腕の刺青をかくすための和服に、紫の兵古帯を年中ぐるぐる巻きにしているから・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・入口の隅のクリスマスの樹――金銀の眩い装飾、明るい電灯――その下の十いくつかのテーブルを囲んだオールバックにいろいろな色のマスクをかけた青年たち、断髪洋装の女――彼らの明るい華かな談笑の声で、部屋の中が満たされていた。自分は片隅のテーブルで・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・彼女は断髪をして薄い夏の洋装をしていた。しかしそれには少しもフレッシュなところがなかった。むしろ南京鼠の匂いでもしそうな汚いエキゾティシズムが感じられた。そしてそれはそのカフェがその近所に多く住んでいる下等な西洋人のよく出入りするという噂を・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫