・・・シックな、活動的な洋装の下にも決してこの伝統の保存と再現とを忘れるな、かわいた、平板な、冷たい石婦のような女になってはならぬ。生命の美と、匂いと、液汁とを失っては娘ではない。だが牢記せよ、感覚と肉体と情緒とを超越して高まろうとするあるものを・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・婦人の断髪はやや下火でも、洋装はまだこれからというころで、思い思いに流行の風俗を競おうとするような女学校通いの娘たちが右からも左からもあの電車の交差点に群がり集まっていた。 私たち親子のものが今の住居を見捨てようとしたころには、こんな新・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・あの頃は先生もまだ若々しく、時には奥さんに軽い洋装をさせ、一緒に猿町辺を散歩した……先生にもそういう時代のあったことを知っている。 話し話し二人は歩いた。 坂に成った細道を上ると、そこが旧士族地の町はずれだ。古い屋敷の中には最早人の・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ とんでもないシンデレラ姫。洋装の好みも高雅。からだが、ほっそりして、手足が可憐に小さく、二十三、四、いや、五、六、顔は愁いを含んで、梨の花の如く幽かに青く、まさしく高貴、すごい美人、これがあの十貫を楽に背負うかつぎ屋とは。 声の悪・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ 前田さんは、前は洋装であったが、こんどは和服であった。おでんやの土間の椅子に腰かけて、煙草を吸っていた。痩せて、背の高いひとであった。顔は細長くて蒼白く、おしろいも口紅もつけていないようで、薄い唇は白く乾いている感じであった。かなり度・・・ 太宰治 「父」
・・・私は、衣食住に於いては吝嗇なので、百円以上も投じて洋装を整えるくらいなら、いっそわが身を断崖から怒濤めがけて投じたほうが、ましなような気がするのである。いちど、N氏の出版記念会の時、その時には、私には着ている丹前の他には、一枚の着物も無かっ・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・私の中学時代からの一友人が、このごろ、洋装の細君をもらったのであるが、それは、狐なのである。化けているのだ。私にはそれがよくわかっているのだけれども、どうも、可哀想で直接には言えないのだ。狐は、その友人を好いているのだもの。けだものに魅こま・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・ おかっぱに洋装の女の子もあれば、ズボンにワイシャツ、それに下駄ばきの帳場の若い男もある。それが浴衣がけの頬かぶりの浴客や、宿の女中たちの間に交じって踊っている不思議な光景は、自分たちのもっている昔からの盆踊りというものの概念にかなりな・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・土人の女がハイカラな洋装をしてカトリックの教会からゾロゾロ出て来るのに会った。 寺へ着くと子供が蓮の花を持って来て鼻の先につきつけるようにして買え買えとすすめる。貝多羅に彫った経をすすめる老人もある。ここの案内をした老年の土人は病気で熱・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
銀座を歩いていたら、派手な洋装をした若い女が二人、ハイヒールの足並を揃えて遊弋していた。そうして二人とも美しい顔をゆがめてチューインガムをニチャニチャ噛みながら白昼の都大路を闊歩しているのであった。 去年の夏築地小劇場・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
出典:青空文庫