・・・それから Geld Suchen im Mehl というのは、洗面鉢へ盛ったメリケン粉の中へ顔を突っ込んで中へ隠してある銀貨を口で捜して取り出すのである。やっと捜し出してまっ白になった顔をあげて、口にたまった粉を吐き出しているところはたしか・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
毎朝起きて顔を洗いに湯殿の洗面所へ行く、そうしてこの平凡な日々行事の第一箇条を遂行している間に私はいろいろの物理学の問題に逢着する。そうしていつも同じようにそれに対する興味は引かれながら、いつまでもそのままの疑問となって残・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・暖かい日の午過食後の運動がてら水仙の水を易えてやろうと思って洗面所へ出て、水道の栓を捩っていると、その看護婦が受持の室の茶器を洗いに来て、例の通り挨拶をしながら、しばらく自分の手にした朱泥の鉢と、その中に盛り上げられたように膨れて見える珠根・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・便所の扉を開いた。洗面所を覗いた。が、そこには誰も居なかった。「この車にゃ居ない!」「これは二等だ、三等に行け!」「発車まで出口を見張ってろ!」 二人の制服巡査が、両方の乗降口に残って他のは出て行った。 プラットフォーム・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 私はデストゥパーゴに知れないように、手で顔をかくしながら大理石の洗面器の前に立ちました。 アーティストは、つめたい水でシャアシャアと私の頭を洗い時々は指で顔も拭いました。 それから、私は、自分で勝手に顔を洗いました。そして、も・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・公共建物の洗面所その他を、よくこわし、よくよごしぱなしにすることでも有名です。 これは、わたしたち日本の国民が、すべての公共物を自分たちの計画と資力・労力で建て、それを自分たちで愉快に使う場所とする習慣がなかったからです。つまり、社会万・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・ あたりはまだ暗い。洗面所の電燈の下で顔を洗ってたら戸をガタガタやって、 ――もう二十分でウラジヴォストクです! 車掌がふれて歩いた。 Y、寝すごすといけないというので、昨夜はほとんど着たまま横になった。上の寝台から下りて来・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 夜になると保護室の格子の前に水を張った洗面器が置かれた。夜なか誰かがそれで病人の濡手拭をしぼり直してやる。―― 四月二十四日の日暮れがた、高等へ出された時、自分は岩手訛の主任にしつこく今野を出して手当をさせろと云った。「あなた・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ けさは、二階に眠っていた父がおきたのをききつけて、洗面所でバシャバシャやっているうしろからいきなりびっくりさせ、それから電話を一つたのんで、又こんどは二階のおやじさんの空巣へもぐり込んで例によってお眠りブー子をやって、おきて来たら、す・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・それから部屋に這入って、洗面卓の傍へ行って、雪が取って置いた湯を使って、背広の服を引っ掛けた。洋行して帰ってからは、いつも洋服を著ているのである。 そこへお母あ様が這入って来た。「きょうは日曜だから、お父う様は少しゆっくりしていらっしゃ・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫