・・・家元がどうの、流儀がどうの、合方の調子が、あのの、ものの、と七面倒に気取りはしない。口三味線で間にあって、そのまま動けば、筒袖も振袖で、かついだ割箸が、柳にしない、花に咲き、さす手の影は、じきそこの隅田の雲に、時鳥がないたのである。 そ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・が、私のいうのは流儀の事ではない。曲である。 この、茸―― 慌しいまでに、一樹が狂言を見ようとしたのも、他のどの番組でもなく、ただこれあるがためであろう、と思う仔細がある。あたかも一樹が、扇子のせめを切りながら、片手の指のさきで軽く・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・「お膳にもつけて差し上げましたが、これを頭から、その脳味噌をするりとな、ひと噛りにめしあがりますのが、おいしいんでございまして、ええとんだ田舎流儀ではございますがな。」「お料理番さん……私は決して、料理をとやこう言うたのではないので・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・撫子 その返り咲が嬉いから、どうせお流儀があるんじゃなし、綺麗でさえあれば可い、去嫌い構わずに、根〆《ねじめ》にしましょうと思ったけれど、白菊が糸咲で、私、常夏と覚えた花が、撫子と云うのでしたら、あの……ちょっと、台所の隅へでも、瓶に挿・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・などという、いわゆる美談佳話製造家の流儀に似てはいないだろうか。 蛍の風流もいい。しかし、風流などというものはあわてて雑文の材料にすべきものではない。大の男が書くのである。いっそ蛍を飛ばすなら、祇園、先斗町の帰り、木屋町を流れる高瀬川の・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・それがお前の流儀なのだ。ちょっと余人では真似の出来ない神経なのだ。図太いというのもちょっと違う。つまりは、一種気が小さい方かも知れない。ともかく、滑稽だった。勿論おれはそんな請求には応じなかった。黙って放って置くと、それきりお前はうんともす・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・私は、私の流儀で、この機会に貧者一燈を、更にはっきり、ともして置きます。 八年前の話である。神田の宿の薄暗い一室で、私は兄に、ひどく叱られていた。昭和八年十二月二十三日の夕暮の事である。私は、その翌年の春、大学を卒業する筈になっていたの・・・ 太宰治 「一燈」
・・・放したい気持から、がぶがぶ呑んで、呑みほしてしまうばかりで、常住、少量の酒を家に備えて、機に臨んで、ちょっと呑むという落ちつき澄ました芸は、できないのであるから、自然、All or Nothing の流儀で、ふだんは家の内に一滴の酒も置かず・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・これは、俺の流儀でな。ほしいものがあったら、これ持って行く! と言って、もらってしまう。そのかわり、お前が俺のところへ来たら、お前もそうするとよい。俺は平気だ。何を持って行ったって、かまわないよ。俺は、そんな流儀の男だ。礼儀だの何だの、めん・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・おまえの、もはや石膏のギブスみたいに固定している馬鹿なポーズのせいなのだ。 も少し弱くなれ。文学者ならば弱くなれ。柔軟になれ。おまえの流儀以外のものを、いや、その苦しさを解るように努力せよ。どうしても、解らぬならば、だまっていろ。むやみ・・・ 太宰治 「如是我聞」
出典:青空文庫