・・・て菜ッ葉の漬物堆く、白々と立つ粥の湯気の中に、真赤な顔をして、熱いのを、大きな五郎八茶碗でさらさらと掻食って、掻食いつつ菊枝が支えかねたらしく夜具に額をあてながら、時々吐息を深くするのを、茶碗の上から流眄に密と見ぬように見て釣込まれて肩で呼・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 氏子は呆れもしない顔して、これは買いもせず、貰いもしないで、隣の木の実に小遣を出して、枝を蔓を提げるのを、じろじろと流眄して、世に伯楽なし矣、とソレ青天井を向いて、えへらえへらと嘲笑う…… その笑が、日南に居て、蜘蛛の巣の影になる・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・―― と、うしろから、拳固で、前の円い頭をコツンと敲く真似して、宗吉を流眄で、ニヤリとして続いたのは、頭毛の真中に皿に似た禿のある、色の黒い、目の窪んだ、口の大な男で、近頃まで政治家だったが、飜って商業に志した、ために紋着を脱いで、綿銘・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 蝦蟇法師は流眄に懸け、「へ、へ、へ、うむ正に此奴なり、予が顔を傷附けたる、大胆者、讐返ということのあるを知らずして」傲然としてせせら笑う。 これを聞くより老媼はぞっと心臓まで寒くなりて、全体氷柱に化したる如く、いと哀れなる声を発し・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ストーヴに暖められ、ピアノトリオに浮き立って、グラスが鳴り、流眄が光り、笑顔が湧き立っているレストランの天井には、物憂い冬の蠅が幾匹も舞っていた。所在なくそんなものまで見ているのだった。「何をしに自分は来たのだ」 街へ出ると吹き通る・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・けるなら泣けと悪ッぽく出たのが直打となりそれまで拝見すれば女冥加と手の内見えたの格をもってむずかしいところへ理をつけたも実は敵を木戸近く引き入れさんざんじらしぬいた上のにわかの首尾千破屋を学んだ秋子の流眄に俊雄はすこぶる勢いを得、宇宙広しと・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・艶のある眼で、流眄ともつかず注目ともつかない眼ざしをすらりとさほ子の頬の赤い丸顔に投げ、徐ろに「はい」と応えるのであった。けれども、両手はエプロンの上に、品よく重ねたきり、一向動かそうとはしない。「一寸あのお玉杓子をとって頂戴」 命・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・例えば、生れつき流眄を使う浮薄な、美しい上流の令嬢であるミンナ。無精で呑気で仇気ない愛嬌があって、嫋やかな背中つきで、恋心に恍惚しながら、クリストフと自分との部屋の境の扉を一旦締めたらもう再び開ける勇気のなかったザビーネ。白く美しい強壮な獣・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・ 章子が、ふっとふき出しそうになるのを手で顎を撫で上げて胡魔化し、ひろ子へ流眄を使った。章子はひろ子の魂胆を感づいたのであった。ひろ子も笑い出したが、「本当よ、でも」と力を入れて云った。「そか? どれ」 章子は座布団ごと・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・一人が看守に住所姓名を云っている間に、他の一人がこっちにチラリと流眄をくれ、何か合図をした。女の同志は濡手拭で頬を押えたまま金網へすりついて立っている。新たに来た二人は別々の監房へ入れられた。「くやしいわ、二人とも×××車庫で、しっかり・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫