・・・無常迅速、流転してやまざる環境に支配された人生の不定感は一方では外来の仏教思想に豊かな沃土を供給し、また一方では俳諧のさびしおりを発育させたのであろう。 私のこのはなはだ不完全に概括的な、不透明に命題的な世迷い言を追跡する代わりに、読者・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・これを輪廻といい、流転という。悪より悪へとめぐることじゃ。継起して遂に竟ることなしと云うがそれじゃ。いつまでたっても終りにならぬ、どこどこまでも悪因悪果、悪果によって新に悪因をつくる。な。斯うじゃ、浮む瀬とてもあるまいじゃ。昼は則ち日光を懼・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・総ての生物はみな無量の劫の昔から流転に流転を重ねて来た。流転の階段は大きく分けて九つある。われらはまのあたりその二つを見る。一つのたましいはある時は人を感ずる。ある時は畜生、則ち我等が呼ぶ所の動物中に生れる。ある時は天上にも生れる。その間に・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・のいい「無」でしょう。田辺哲学の読者は、この資本主義社会に発生した東洋的な「無」の哲学が、われにもあらず権力と商業主義に流され、このように「無」の流転する姿を、哲学の破綻そのものの姿としてみているでしょうか。 日本の歴史学は、まだ大塚史・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・系譜的作品が時代と人との意欲から生れる発展的な生活の物語とならず、いわば流転譚の域から脱し得なかった理由がここにある。 風吹けばそよぎ、雨ふればそれなり濡れそぼたれた女主人公の姿が、今は、眼の隅で周囲を細大洩らさず見とおしながら、そのよ・・・ 宮本百合子 「作品の主人公と心理の翳」
・・・その時分出現した新感覚派と称する流派と並んでブルジョア文学の伝統とその流転のはてに咲きいでた新種のはやりではなかった。文学のうまれる母胎としての社会の階層・階級を、勤労するより多数の人々の群のうちに見いだし、社会の発展の現実の推進力をそれら・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・無智であってはなりません。流転して止む事ない心の微妙な投影は、其を洞察しつつ、理解しつつ愛に満ちて統御する叡智の高度に準じて価値つけられますでしょう。認識の拡張は人類に冠を授けます。 然し認識の内容は多くの未知を、或は未完成の存在をも、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・そのひとの子が家をつぐことになっていたのがやはりごたついて、流転生活の最後は哀れな死にようをした。そのひとは、母に向って、おばさん、僕は五つから質屋通いをやらされたんだよ、察しておくれ、といって泣いた。 祖母は、その孫より先に八十九歳の・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・ 再びその部屋に入って来た淑貞の咲きみちた花のような姿は、C女史に「一団の春意屋中に在りて流転す」とでもいう感銘を与える。ふと目をあげて向いの化粧鏡に映った自分の姿、その髪は乱れ、毛糸のシャツを着て蒼ざめた顔、眼はいくらか血走って、眼尻・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・○彼は運命の情熱的賭博においては賭物として遺憾なきまでに自らを投げ出すのである、なぜなら彼は赤と黒、死と生との流転の中にのみ酩酊の快さで自らの生存の全願望を感じるからである、○彼等には真直な方向や明確な目的が全然なく、すべての価値の・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
出典:青空文庫