・・・一面に茶渋を流した様な曠野が逼らぬ波を描いて続く間に、白金の筋が鮮かに割り込んでいるのは、日毎の様に浅瀬を馬で渡した河であろう。白い流れの際立ちて目を牽くに付けて、夜鴉の城はあの見当だなと見送る。城らしきものは霞の奥に閉じられて眸底には写ら・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ ところがその男は別に三郎をつかまえるふうでもなく、みんなの前を通りこして、それから淵のすぐ上流の浅瀬を渡ろうとしました。それもすぐに川をわたるでもなく、いかにもわらじや脚絆のきたなくなったのをそのまま洗うというふうに、もう何べんも行っ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・みんな怒って、何か云おうとしているうちに、その人は、びちゃびちゃ岸をあるいて行って、それから淵のすぐ上流の浅瀬をこっちへわたろうとした。ぼくらはみんな、さいかちの樹にのぼって見ていた。ところがその人は、すぐに河をわたるでもなく、いかにもわら・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・フィンランド辺の海は真夏でもキラキラする海面の碧い反射はなくて、どちらかというと灰色っぽく浅瀬が遠く、低く松などあって、寂しさがある。波もひたひたなの。濤の轟きなどという壮快なのはない。虹ヶ浜へは去年のお正月行って海上の島の美しい景色を眺め・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
一 春になってから沼の水はグッとふえた。 この間までは皆むき出しになって、うすら寒い風に吹き曝されていた岸の浅瀬も、今はもうやや濁ってはいるがしとやかな水色にすっかり被われて明るい日光がチラチラと、軽く水面に躍っている。・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・日光が金粉をまいたように水面に踊って、なだらかな浪が、彼方の岸から此方の岸へと、サヤサヤ、サヤとよせて来るごとに、浅瀬の水草が、しずかにそよいで居る。 その池に落ち込む小川も、又一年中、一番好い勢でながれて居る。はるかな西のかん木のしげ・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ この池に落ち込む、小川のせせらぎが絶えずその入口の浅瀬めいた処に小魚を呼び集めて、銀色の背の、素ばしこい魚等は、自由に楽しく藻の間を泳いで居た。この池は、この村唯一の慰場となって居た。 池の囲りを競馬場に仕たてて春と秋とは馬ばかり・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・水清く底見えたり。浅瀬の波舳に触れて底なる石の相磨して声するようなり。道の傍には細流ありて、岸辺の蘆には皷子花からみつきたるが、時得顔にさきたり。その蔭には繊き腹濃きみどりいろにて羽漆の如き蜻とんぼうあまた飛びめぐりたるを見る。須坂にて昼餉・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫