・・・入口に近い机の上では、七条君や下村君やその他僕が名を知らない卒業生諸君が、寄附の浴衣やら手ぬぐいやら晒布やら浅草紙やらを、罹災民に分配する準備に忙しい。紺飛白が二人でせっせと晒布をたたんでは手ぬぐいの大きさに截っている。それを、茶の小倉の袴・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ ところがその荒物屋の前へ来ると、浅草紙、亀の子束子、髪洗粉などを並べた上に、蚊やり線香と書いた赤提燈が、一ぱいに大きく下っている――その店先へ佇んで、荒物屋のお上さんと話しているのは、紛れもないお敏だろうじゃありませんか。二人は思わず・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・その上に琉球唐紙のような下等の紙を用い、興に乗ずれば塵紙にでも浅草紙にでも反古の裏にでも竹の皮にでも折の蓋にでも何にでも描いた。泥絵具は絹や鳥の子にはかえって調和しないで、悪紙粗材の方がかえって泥絵具の妙味を発揮した。 この泥画について・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ ふと気がついて見ると私のすぐ眼の前の縁側の端に一枚の浅草紙が落ちている。それはまだ新しい、ちっとも汚れていないのであった。私はほとんど無意識にそれを取り上げて見ているうちに、その紙の上に現われている色々の斑点が眼に付き出した。 紙・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・泥色をした浅草紙を型にたたきつけ布海苔で堅めた表面へ胡粉を塗り絵の具をつけた至って粗末な仮面である。それを買って来て焼け火箸で両方の目玉のまん中に穴を明ける。その時に妙な焦げ臭いにおいがする。それから面の両側の穴に元結いの切れを通して面ひも・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 鎖は足に食い込んであの浅草紙で貼っただんぶくろのような足の皮は、そのために気味悪く引きつって醜いしわができていた。当人は存外慣れてしまったかもしれないが、はたで見る目には妙にいたいたしい思いをさせた。いったい夜寝る時には、あの足をどう・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・西洋紙にあらざるわたしの草稿は、反古となせば家の塵を掃うはたきを作るによろしく、揉み柔げて厠に持ち行けば浅草紙にまさること数等である。ここに至って反古の有用、間文字を羅列したる草稿の比ではない。 わたしは平生文学を志すものに向って西洋紙・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・例えばそのような細部に於ても女囚が月経中まし紙と称して多少余計な浅草紙をいただかせて頂く、ということ。その非衛生な事実について筆者の意見が些も滲み出していない。皮肉さで、いただかせていただくという、恐らく特殊な用語例の一つが使われているだけ・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・ この話には誇張がある。浅草紙ににじむ墨で描いた戯画のような誇張がある。そして、そのことのなかに彼女の青春の現実の単調さが訴えられている。 宮本百合子 「想像力」
出典:青空文庫