ある日の晩方、赤い船が、浜辺につきました。その船は、南の国からきたので、つばめを迎えに、王さまが、よこされたものです。 長い間、北の青い海の上を飛んだり、電信柱の上にとまって、さえずっていましたつばめたちは、秋風がそよそよと吹いて・・・ 小川未明 「赤い船とつばめ」
浜辺に立って、沖の方を見ながら、いつも口笛を吹いている若者がありました。風は、その音を消し、青い、青い、ガラスのような空には、白いかもめが飛んでいました。 ここに、また二人の娘があって、一人の娘は、内気で思ったことも、口に出してい・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・やがて、あらしの名残をとめた、鉛色の朝となりました。浜辺にいってみると、すでに箱は波にさらわれたか、なんの跡形も残っていません。 その後青年は、この話を人にしました。「君は、夢を見たのだ。」と、だれも信じてくれませんでした。そのうち・・・ 小川未明 「希望」
・・・ほのぼのと、夜が明け放れると、人々は浜辺にきて海をながめました。そして顔の色を変えてびっくりいたしました。「あのいやな色をした船は、どこからきたのだろう。」と、一人はいって、沖のかなたに見えた船を指さしました。「あの不思議な黒い・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・ すると、あちらの浜辺の方から、一人のじいさんが一つの小さな屋台をかついで、こっちに歩いてくるのに出あいました。それはよく毎年春から夏にかけて、この地方へどこからかやってくる、からくりを見せるじいさんに似ていました。 三人の娘らはた・・・ 小川未明 「夕焼け物語」
・・・その宿は庭からすぐ海に出られるので、客の眼をぬすんでは、砂の白いその浜辺に出て語りました。よしんば見つけられても、客引という私の身分が弁解してくれるので、いわば半分おおっぴら。文子が白浜にいる三日というものは、私はもうわれを忘れていました。・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そしてK君の死体が浜辺に打ちあげられてあった、その前日は、まちがいもなく満月ではありませんか。私はただ今本暦を開いてそれを確かめたのです。 私がK君と一緒にいました一と月ほどの間、そのほかにこれと言って自殺される原因になるようなものを、・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・ 彼は故郷への思慕のあまり、五十町もある岨峻をよじて、東の方雲の彼方に、房州の浜辺を髣髴しては父母の墓を遙拝して、涙を流した。今に身延山に思恩閣として遺跡がある。「父母は今初めて事あらたに申すべきに候はねども、母の御恩の事殊に心肝に・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・あそこの浜辺に綺麗な貝殻がたくさんありますから、拾っていらっしゃいな」という。そんなに勢まないのだけれど、もうよそうとも言えないので、干し列べた平茎の中をぶらぶらと出て行く。 五六歩すると藤さんがまた呼びかける。「あなたお背に綿屑か・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 自分は浜辺へ出るのに、いつもこの店の前から土堤を下りて行くから熊さんとは毎日のように顔を合せる。土用の日ざしが狭い土堤いっぱいに涼しい松の影をこしらえて飽き足らず、下の蕃藷畑に這いかかろうとする処に大きな丸い捨石があって、熊さんのため・・・ 寺田寅彦 「嵐」
出典:青空文庫