・・・おきまりの会費で存分愉しむ肚の不粋な客を相手に、息のつく間もないほど弾かされ歌わされ、浪花節の三味から声色の合の手まで勤めてくたくたになっているところを、安来節を踊らされた。それでも根が陽気好きだけに大して苦にもならず身をいれて勤めていると・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・』『ナニ別に、ただ少しばかし……』『今夜宅で浪花節をやらすはずだから幸ちゃんもおいでなさいな、そらいつかの梅竜』お神さんは卒然言葉をはさんだ。『そうですか、来ましょう、それじゃあまた晩に』と言って幸吉は帰ってしまった。『幸ち・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・――野球の放送も、演芸も、浪花節も、オーケストラも。俺はすっかり喜んでしまった。これなら特等室だ、蒸しッ返えしの二十九日も退屈なく過ごせると思った。然し皆はそのために「特等室」と云っているのではなかった。始め、俺にはワケが分らなかった。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・先日も、佐渡情話とか言う浪花節のキネマを見て、どうしてもがまんができず、とうとう大声をはなって泣きだして、そのあくる朝、厠で、そのキネマの新聞広告を見ていたら、また嗚咽が出て来て、家人に怪しまれ、はては大笑いになって、もはや二度と、キネマへ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・日本の浪花節みたいな、また、講釈師みたいな、勇壮活溌な作家たちには、まるで理解ができないのではあるまいか。おそらく、豊島先生は、いちども、そんな勇壮活溌な、喧嘩みたいなことを、なさったことはないのではあるまいか。いつも、負けてばかり、そうし・・・ 太宰治 「豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説」
・・・ これと同じような聯想作用に関係しているためかと思われるのは、例えば落語とか浪花節とかを宅のラジオで聞くと、それがなんとなくはなはだ不自然な、あるまじきものに聞こえて困ることである。それらの演芸の声だけでなくて演芸者自身がその声にくっつ・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・園遊会にも行こう。浪花節も聞こう。女優の鞦韆も下からのぞこう。沙翁劇も見よう。洋楽入りの長唄も聞こう。頼まれれば小説も書こう。粗悪な紙に誤植だらけの印刷も結構至極と喜ぼう。それに対する粗忽干万なジゥルナリズムの批評も聞こう。同業者の誼みにあ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 左側に玉の井館という寄席があって、浪花節語りの名を染めた幟が二、三流立っている。その鄰りに常夜燈と書いた灯を両側に立て連ね、斜に路地の奥深く、南無妙法蓮華経の赤い提灯をつるした堂と、満願稲荷とかいた祠があって、法華堂の方からカチカチカ・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・な官吏、軍人、実業家達及び彼等と膝を交えて大人並に腹のある遊興も出来る一群の作家に指導される文化水準の低い、何故浪花節が悪趣味なのかも分らない、偉い官吏、軍人、実業家ではない人間の大群として考えられているのである。 作家は大衆の心を語る・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・ 大衆というものを、文化においても創造的能力より消費的面において見る、つまり『キング』と浪花節と講談、猥談をこのむものとしてだけ見て、しかもそういう大衆の中には種々な社会層の相異があり、その相異から生じる利害の相異もまたあるという現実を・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
出典:青空文庫