・・・山へ、絡繹として、花見、遊山に出掛けるのが、この前通りの、優しい大川の小橋を渡って、ぞろぞろと帰って来る、男は膚脱ぎになって、手をぐたりとのめり、女が媚かしい友染の褄端折で、啣楊枝をした酔払まじりの、浮かれ浮かれた人数が、前後に揃って、この・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 蝙蝠に浮かれたり、蛍を追ったり、その昔子供等は、橋まで来るが、夜は、うぐい亭の川岸は通り得なかった。外套氏のいう処では、道の途中ぐらい、麓の出張った低い磧の岸に、むしろがこいの掘立小屋が三つばかり簗の崩れたようなのがあって、古俳句の―・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 汽車の時間を計って出たにかかわらず、月に浮かれて余りブラブラしていたので、停車場でベルが鳴った。周章てて急坂を駈下りて転がるように停車場に飛込みざま切符を買った処へ、終列車が地響き打って突進して来た。ブリッジを渡る暇もないのでレールを・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・文子はそのころもう宗右衛門町の芸者で、そんな稼業とそして踊りに浮かれた気分が、幼な馴染みの私に声を掛けさせたといえましょうが、しかし、私は嬉しかった。と同時に、十年前会った丁稚姿、そして今夜は夜店出し、あたりの賑いにくらべていかにもしょんぼ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・おりから伏見には伊勢のお札がどこからともなく舞い降って、ええじゃないか、ええじゃないか、淀川の水に流せばええじゃないかと人々の浮かれた声が戸外を白く走る風とともに聴えて、登勢は淀の水車のようにくりかえす自分の不幸を噛みしめた。 ところが・・・ 織田作之助 「螢」
・・・例の椀大のブリキ製の杯、というよりか常は汁椀に使用されているやつで、グイグイあおりながら、ある者は月琴を取り出して俗歌の曲を唄いかつ弾き、ある者は四竹でアメリカマーチの調子に浮かれ、ある者は悲壮な声を張り上げてロングサインを歌っている、中に・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・あんなに浮かれた兄を、見た事が無い。 あのように純一な、こだわらず、蒼穹にもとどく程の全国民の歓喜と感謝の声を聞く事は、これからは、なかなかむずかしいだろうと思われる。願わくは、いま一度。誰に言われずとも、しばらくは、辛抱せずばなるまい・・・ 太宰治 「一燈」
・・・をとめないで、螢の光の曲をくりかえしくりかえし奏しながら菜の花畠のあいだをねってあるいて、それから田植まっさいちゅうの田圃へ出て、せまい畦道を一列にならんで進み、村のひとたちをひとりも見のがすことなく浮かれさせ橋を渡って森を通り抜けて、半里・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 最後の一句に、僕は浮かれてしまったのだ。恥ずかしい事である。その頃、僕の小説も、少し売れはじめていたのである。白状するが、僕はその頃、いい気になっていた。危険な時期であったのである。ふやけた気持でいた時、草田夫人からの招待状が来て、あ・・・ 太宰治 「水仙」
・・・また左舷へ帰って室へはいって革鞄から『桂花集』を引っぱり出して欄へもたれて高く音読すると、艫で誰れか浮かれ節をやり出したので皆が其方を見る。ボーイにマッチを貰って煙草を吸う。吸殻を落すと船腹に引付いて落ちてすぐ見えなくなる。浦戸の燈台が小さ・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
出典:青空文庫