・・・着物も消毒してもろうた。この日は快晴であったが、山の色は奇麗なり、始めて白い砂の上を歩行いたので、自分は病気の事を忘れるほど愉快であった。愉快だ愉快だと、いわぬ者は一人もない。中にはこのきたない船にコレラのなかったのは不思議だ、などというて・・・ 正岡子規 「病」
・・・今日実習が済んでから農舎の前に立ってグラジオラスの球根の旱してあるのを見ていたら武田先生も鶏小屋の消毒だか済んで硫黄華をずぼんへいっぱいつけて来られた。そしてやっぱり球根を見ていられたがそこから大きなのを三つばかり取って僕に呉れた。・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 口の中の消毒が完全でなくて、「がこうそう」が出来そうにまで、舌苔の様なものをつけさせた上にこんな事までして行ったかと思うと、あの髪のちりちりの四角ばった頭の女が憎々しく思い出される。 母が何か少し差図めいた事を云うと、すぐ変な顔を・・・ 宮本百合子 「一日」
・・・ 今まで通って居た便所に消毒薬を撒いたり、薬屋に□□(錠の薄める分量をきいたりしてざわざわ落つきのない夜が更けると、宮部の熱は九度一分にあがってしまった。 台所では二つの氷嚢に入れる氷をかく音が妙に淋しく響き主夫婦は、額をつき合わせ・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・ 可愛いんで泥たんこの田舎道を私の家まで六本の牛乳を運ぶのがみじめだったんで牧場から帰りにさっき私達の目の前でしぼって消毒した牛乳のあついのを下げて帰ったりする事もあった。 可愛らしいと思ったばかりで名をきく折はなかった。 私の・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 殊に彼の明るい天井の手術室の辺に漂うて居た消毒薬の香いは、今でも此の鼻の先に嗅げる程はっきりした印象となって残って居るのである。 或る大変吹き降りのする日に、学校から帰ると母の止めるのもきかずに合羽を着小さい奴傘を差して病院に・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ズーッと中に入ると消毒した後の道具を拭いたり、油をさしたりして居る男達が五六人居る。田舎の牛乳屋にしては道具でも設備でもがよく整って居ると思って見る。 主屋に行くと誰も見えない。真黒いミノルカとレグホンが六七羽のんきにブラついて居る。中・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・あつくて、ジリッとし、やけどをさせ、また消毒力ももっている。その味は、雨の滴もころがり落ちてしみこめない漆ぬりの風貌全体と、一致していた。 この人物をとり囲んで坐っている婦人たちは、何とぼんやりと軟かく、婦人たち、という一般性の中に自分・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・六ヵ月の間に病院の料理場と洗濯場とは改良され、本国からの積送品を整理するための政府の倉庫ができ、病兵の寝具類は煮沸器で消毒されるようになった。彼女が病兵にもスープ、葡萄酒、ジェリーなどが必要だといったとき、役人たちはお話にならぬ贅沢だ! と・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・丁寧に消毒した手を有合の手拭で拭くような事が、いつまでも止まなかった。 これに反して、若い花房がどうしても企て及ばないと思ったのは、一種の Coup d'ドヨイユ であった。「この病人はもう一日は持たん」と翁が云うと、その病人はきっと二・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫